2-5. 梓恩、牛の病気を解き明かす

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2-5. 梓恩、牛の病気を解き明かす

 刻んだ(わら)や乾草が主体のエサは、全体的に(かれ)色の、同じような草ばかりに見える ―― が、目をこらせば、わかる。  かなりの量混じっている、特徴的な左右対象の枝葉……  わたしはそれをつまみあげ、亜芹(アキン)に差しだした。 「これが、今回の牛の病気の原因ですよ、亜芹さん」 「これは……?」 「小連翹(しょうれんぎょう)です。薬草ですが、食べすぎると光毒性の反応を引き起こすんですよ」 「……っ ええええ!? そ、そんな!」 「この乾草、小川のほとりの草ですよね? あの辺はたしかに、毒草はありませんでしたから…… 普通の雑草にしか見えない小連翹(しょうれんぎょう)には、気づかなかったようですね」 「だって、これまでも司牧では、その辺の草を普通に牛に食べさせていて…… なにごともなかったんですよ!?」 「それは、司牧の牛が黒牛だったからですね。もともと光への耐性が強いんです。白い皮膚の生き物は、要注意でしたね」 「そんな……! おれ、そんなこと……!」  うろたえて 「わざとじゃない」 「知らなかった」 を繰り返す亜芹(アキン)。  処罰が怖いんだな。わかるわー。 「だからって、呪詛じゃないと決まったわけでもないですよね! おれのせいじゃないかも」 「落ち着いてください。亜芹さん…… 白牛の飼育に、この小川のほとりをわざわざ指定されたのは陛下です」 「あ」 「関係者一同、司牧の役人を処罰して陛下に責任を問わねばならない事態に持ち込むよりは…… このまま、呪詛で押しとおそうとする、と思いませんか?」 「やっぱり、そうですよね……! おれ、黙っとけばいいかな」 「残念。わたしが、暴露します」 「やだっ…… やめて!」 「無理ですよ。わたしがここにきたのは、端木将軍の許可を受けてですから…… 不正を嫌うかたですから、きっと真相をお知りになりたがるでしょう」 「やだ! おねがい! 内緒にして!」  亜芹は地面にひざをつき、わたしの手を 「おねがいです!」 とひっぱりまくる。  涙目で見上げてくる顔が、まるで小さな子どもみたい…… だいじょうぶ。お姉さんが、なんとかしてあげるからね! 「亜芹さん。これね、普通に治せばいいと思いません?」 「へ……? 治るんですか……?」 「もちろん。そのために、わたしがきたんですよ」 「ああああぁぁぁー! あ゛びがぼう(ありがとう)ごばびばぶ(ございます)ぅ……!」 「いやいや、いいんですよ」  手に涙と鼻水、めっちゃつけられてる ――  さて。  手を洗い、飼料箱に残っていたエサを亜芹と一緒に取り除いて、事務室に移動したあと。  わたしは机の前で、あらためて筆をとった。治療方針のメモだ。 「治療の基本は、かんたんです。食べて取り入れたものなのだから、食べさせずに体内から流れていくのを待つといい。くわえて、体内の気血の流れを良くし、皮膚にあらわれた火邪(かじゃ)を取り除く働きのある食材を飼料に混ぜます」  つまりは、皮膚炎の治療を助ける ―― ヒスタミンの分解作用がある食品や、天然の抗ヒスタミン剤を多く含む食品だ。 「大根、萵苣(チシャ)縞綱麻(モロヘイヤ)洋葱(たまねぎ)の黄色い皮……」 「洋葱(たまねぎ)!? 魔除けの?」 「はい。この国では魔除けにしか使われていませんが、実は熱を加えると、とろとろ甘くなって美味しいんですよ…… で、皮膚炎に良いのはその黄色い皮のほう」 「はあ…… 洋葱(たまねぎ)があるか、太常局にきいてみます。ありますかね」 「あるんじゃないでしょうか。魔除けだし」  太常局は、宮中の祭祀(さいし)を担当する部署だ。宮医たちのいる太医院もなぜかここの管轄なのだから、そのレベル推してはかるべし。 「さて、それから、苹果(りんご)…… 」  苹果(りんご)って、風邪にも胃腸の不調にも、肌トラブルの予防にも役にたつんだよね。まさに自然からの贈り物。  苹果(りんご)がなる季節になると、人って世界から愛されてるなあ、とわたしは思う。そして苹果(りんご)(パイ)が食べたくなる。 「―― 治るまではなるべく日光をさけ、飼料には乾草のかわりにこれらの食材を混ぜると良いです…… うまくいけば、5日ほどで治ると思います」 「ほんとですかっ! ありがとうございます、ありがとうございます!」 「牛が治ったら、呪詛だと言ったのは撤回してもらえますか?」 「もちろんですよ!」  ―― 亜芹が、ちゃんと牛を治したいと思ってくれる子で良かった。  約束ですよ、と念を押して、わたしは牧場をあとにした。これからしばらくは、毎日様子を見に行くことにしよう。  牧場から戻ると、大理局の部屋にはまだ灯りがついていた。端木将軍、働き者だ。  家に帰るまえに、(パイ)のおかわりをもって、ことの次第を報告にうかがう。  端木将軍は今回もわたしを追い返さず、(パイ)をつまみながら話を聞いてくれた (意外と甘いもの好きとみた)。  そして、牛の病気がどうにか治るころ ―― 5日後の莉妃の再審理を、あらためて約束してくれたのだった。   それから5日間。  白牛たちは、思っていた以上によく回復していった。亜芹がわたしの指示をしっかり守ってくれたおかげだ。  もっとも、なにもトラブルがなかったわけではない。  誰かが間違えて川辺の草を牛たちの飼料箱に入れたり、牛を日中に外に出そうとしたり、ということはしょっちゅう、あったようだ。 「梓恩さんの説は、おれから司牧丞にも報告してて。端木将軍が遣わされた人が言うことですから、無下にするわけにはいかないと、司牧丞も納得されていて…… 治療のことは、みんなに徹底していたはずなんですが」  わたしが仕事のあと様子を見に行くたびに、亜芹はこう言って首をかしげていた。  「そうですか。わたしも直接、司牧丞にご説明できるといいのですが、予定がなかなかで…… とりあえず、もう一度、みなさんに注意喚起したほうがいいかもしれませんよ、亜芹さん」 「そうですね。明日もう一度、言ってみます」  5日のあいだに数度、わたしと亜芹とはこんな会話が交わされたのだが、結局そちらは改善することがなかった。  亜芹が気をつけてフォローしてくれていたから、助かったようなものだ。  牛たちも、莉妃も ―― 「―― このとおり、白牛の病気は小連翹(しょうれんぎょう)の光毒によるもの。治療の結果、現在は寛解しております。呪詛によるものでは、ありません」  5日後。  再審理の場で、わたしは声をはりあげていた。  
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