3-5. 梓恩、妃の性格をはかる

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3-5. 梓恩、妃の性格をはかる

「わたくしが(ヘキ)妃さまへのお見舞いをお勧めしたばかりに、ご不快な思いをさせてしまい…… お詫び申し上げます、雨紗(莉妃)さま」 「いいえ、桜実(オウジツ)。わたくしが碧妃のご気分を害してしまったのがいけないのです。梓恩(シオン)さんが場を取り持ってくれなかったら、どうなっていたことか」 「勝手に気分を害される碧妃がいけないのですよ、雨紗(莉妃)さま。あのようなかたとは思わず、まことに申し訳なく……」 「いいえ、わたくしが」  ()妃と桜実の謝罪合戦……  うーん。別に、誰のせいでもないと思うんだけどな。 「莉妃さま、失礼ですが、ひとつ、申し上げてもよろしいでしょうか」 「なんでしょうか、梓恩さん」 「碧妃さまが、わたしの話を聞いてくださったのは、莉妃さまと桜実さんのおかげですよ、たぶん」 「「え」」  顔を見合わせる、莉妃と桜実 …… 自覚なかったのか。 「碧妃さまは、おそらく、ご自身の内面を非常に大切にしておられる芸術家タイプです。あのときちょうど、描かれていた山水画からもそれがうかがえます。  連れだって談笑する人々、つまりは派閥に入る人々をことさらに嫌っているわけではないけれど、ご自身がそれに加わるのは(わずら)わしい……」  碧妃の山水画では、どの人も楽しそうだった。  崖にひとりたたずみ、渓谷の流れを見ている人も ―― 孤独というより、気の向くままに景色を堪能しているようだった。  寂しさよりも、心ゆくまで、自由。  これが、碧妃の普段のありかたなのだろう。 「ですから、急にお見舞いにきた、よく知らない妃がもし、人当たりが良くて饒舌(じょうぜつ)だったりしたら…… 碧妃は、かえって警戒されたことでしょう。外面(そとづら)よく、にこやかに対応してもらえるかもしれませんが、それだけで終わりです」 「ということは、碧妃のあの不機嫌な態度は……」 「まあ、 『試し行動』 みたいなものでしょうね。あの態度で莉妃さまがどう出るか、はかってらしたんだと思います…… あの感じでは、とりあえず、一次審査は合格でしょうか」 「いったい、あの態度のどこで!? ……あっ、雨紗(莉妃)さま。口を挟んでしまい、申し訳なく存じます」 「いいのですよ、桜実…… ですが、どうして合格と?」 「最後まで、わたしの話をきちんと聞いて、受け答えまでしてくださったので」 「あれで!?」 「はい、桜実さん。あれで、です…… もし、聞く気がなければ、碧妃さまは画の続きにとりかかられ、わたしの言うことはお耳を素通りしていたでしょう。お返事も 『いやじゃ』 ではなく 『わかった』 的なものになってそれきり、だと思われます」 「なんと…… 難しいものなのですね、人づきあいというのは」  莉妃が深々とためいきをついた。  後宮で最初から嫌われていたがために、莉妃はあえて人との交流を避けてきたところがある。  皇后のことは尊敬し、それなりに懐いているが…… まあ、皇后とそれ以外の妃の関係って、お友達というよりは、上司・部下だからね。  お友達作りに関しては、ガチの初心者なんだな、莉妃。 「まあ、最初から難物(なんぶつ)を引き当てた感はありますが。今後も仲良くしたいと思われるなら、しばしば会いに行かれたほうがいいでしょう」 「ええ……? そうなのですか……?」 「このまま距離を置いてしまうと、莉妃さまは、碧妃さまのなかでは 『興味本位の気まぐれで親切ごかして見舞いにきた迷惑な人』 くらいに分類されてしまうでしょうから……」 「……まあ! なんって……!」  桜実が絶句する。  うんうん、そうなんだよ、桜実さん。  つまり碧妃は 『超面倒くさい、かまってちゃん』 な一面を持っている人っぽいのだよ…… 「そもそも、どうして (ターゲットを) 碧妃さまにされたのですか、桜実さん?」 「とても美しく音楽を奏でられるので、悪い人ではないと」  桜実のことばが終わらないうちに、向こうから(にぎ)やかな一団がやってきた。  癖の強い黒髪に派手なピンク系の衣裳と、まっすぐな金色の髪に黒っぽさが目立つ落ち着いた衣裳のふたり連れ ―― (ロウ)妃と()妃だ。  対極にみえるふたりだが、仲良しの美人たちである。碧妃もいれて、後宮の三美人だ。  みんな、前世のゲームでは友人からほぼスルーされていたキャラだけど…… それぞれに個性的だな。 「いやっほー! 莉莉(リーリー)じゃん!」  琅妃がピンクの片袖をあげると、手首につけた宝石がじゃらっ、と音をたてて光った。  ()妃はさっきまで動いていた口をきっとつぐみ、拱手して軽く目を伏せている。  美人よりも婕妤(じょうよ)の莉妃のほうが位としては上だから、後宮の行動として正解なのは()妃のほう。  だけど(ロウ)妃は、そういうの気にしないタイプみたいだ…… 「莉莉(リーリー)聆嬋(碧妃)に会いにきてたの? めずらしー!」 「ちょっと、恐れ入りますが(ロウ)妃さま」  琅妃の態度にガマンできなかったんだろう。  桜実が声をあげたが、莉妃が 「いいのですよ、桜実」 とおさえてしまった。  莉妃が(スウ)妃にナメられるのって、こういうところなんだよね…… 琅妃には悪気は、ないんだろうけど。 「ええ、碧妃のお見舞いなら、先ほど。琅妃と禧妃は、これからですか?」 「あー、ていうかねえ、あたしたちは、だいたい、毎日行ってんの」 「毎日…… 仲が、よろしいのですね」 「ていうか、あたしは聆嬋(碧妃)琵琶(びわ)が一番気持ちよく踊れるし、こっちの娜潯(禧妃)は、一番気持ちよくお酒飲めるし?」 「碧妃さま、おカゼですけど……」 「えー、あんなの、カゼのうちに入るぅ!?」  (ロウ)妃が、にぱっと口を開けて笑う。 「あたしたちが歌って、踊ったり飲んだりしてるとさ、たいてい、すっごいイヤな顔しながら琵琶をひいてくれるよう! 『耳障りな歌を聞かせるでないわ』 とか言いながらねっ。つまり、無問題、ってこと」 「はあ…… そうなのですか……」 「うん! じゃ、あたしたちもう行くねっ。また、莉莉(リーリー)も一緒に踊りにいこーね!」 「はい…… では、また」  莉妃がうなずくと、終始、無言だった禧妃の顔がほっと緩んだ ―― よく知らない人相手には極度に緊張するタイプだな、娜潯(ナジン)ちゃんは。  またねー、と腕輪をキラキラ()らしつつ去っていく琅妃を見送る莉妃。  その両手が口元にのび、ほう、とため息がもれた。 「お誘いを受けてしまいました……」 「まさか、雨紗さま! あんな無礼なおかたのお誘いに乗られるおつもりですか?」 「だって、後宮にきて初めてなのですよ、桜実…… お友達になれる、かしら? それとも、やはり、わたくしのような陰気な悪女には、ただの社交辞令 「なれますよ! たぶん、きっと!」  悩みの沼に自分から落ち込んでいこうとする莉妃を、桜実が慌てて止める。  莉妃は良いことがあると、反射的に良くないことを考えちゃう子なんだね…… ドアマットあるあるだわ。 「まあ、雨紗(莉妃)さまにあんな無礼な態度をとるかた、侍女としては、どうだっていいですけど?」 「わたくしは、できれば、お友達になれたらいいと思います…… 牛の事件では、桜実にも、つらい思いをさせてしまいましたもの。わたくしに人望がないばかりに……」 「そんなことありませんよ、雨紗さま! みなに見る目も考える心もないのが、いけないだけです!」 「いえ、わたくしがいけないのですわ」  うん、だから、別に誰が悪いってわけでもなくて ―― とか言うと、また延々ループが続きそう。  ストレスためやすい人の思考パターンって、迷宮っぽいとこ、あるからね……  ならば、ここは。梓恩さんが、現実的なアドバイスをしてあげよう (ドヤ顔) 「まあ、とりあえず、莉妃さま ―― 碧妃さまには、琅妃さまがた程度に強く出たほうが吉、ということなのでは?」 「そうですね…… できるかわかりませんが、がんばってみます」  莉妃は真剣な顔で、うなずいた。
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