4-1. 梓恩、茶会に参る

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4-1. 梓恩、茶会に参る

梓恩(シオン)さんっ、着替えないと! 給仕に間違われますよ!」 「給仕のほうが、いい……」 「奥さま(皇后陛下)の茶会に呼ばれるなんて、名誉なことでしょうが!」 「寧凛(ネイリン)さん、かわりに行って 「ダメに決まってるでしょう、まったくもう!」  皇后の茶会、当日 ――  張り切っているのは、わたしよりも寧凛だった。 「急がないと! 遅刻したら、どうするんですかっ」 と、お母さんみたいなことを言いながら、わたしの前掛けを外して(ほう)をはぎとる。(ほう)ってのは、宦官の制服 ―― つまりは作業着だ。  かわりに寧凛が手渡してくれたのは、品のいい上衣と革帯(ベルト)。色合いは地味めだが、(ふち)取りに細かい刺繍が施されている。 「どうしたんですか、これ」 「僕のですけど。文句ありますか?」 「いえ。立派なものを、ありがとうございます」 「べべべ別にっ! ヘタな装いをされて奥さま(皇后陛下)が不快な思いをされないように、というだけですっ! 梓恩さんのためなんかじゃないからっ!」  今日も絶好調のツンデレ美少女顔に癒されてます。  寧凛に夕食の仕込みを頼み、厨房の外に出る。    とたんに、氷みたいな風に顔面をなぐられた。さぶっ。  季節は大寒 ―― 春になる前の、1年でいちばん寒い時期だ。  領巾(マフラー)に口を埋めるようにして、中宮へ。歩いていると、向こうから小柄な二人連れがやってくるのが見えた。()妃と侍女の桜実(オウジツ)だ。  道をよけて礼をとり、通りすぎるのを待つ。  が、莉妃と桜実は足を止めて話しかけてくれた。 「梓恩さん!? びっくりしたわ! 素敵な衣裳ね」 「借り物なんですよ、桜実さん」 「よく似合っていますよ、梓恩さん。まるで、士大夫のようです」 「莉妃さま、おそれいります」  莉妃はふわりとほほえんだ。 「皇后陛下が梓恩さんをお茶会に招かれたと聞いていたので、わたくしも楽しみにしていたのですよ」 「もったいなきお言葉です」 「せっかく会ったのですから、一緒に参りましょう」 「では、僭越(せんえつ)ながら……」 「固くならなくていいのですよ、梓恩さん」  莉妃、明るくなったな。ほんと良かった……  道みち聞いてみると、いまでは莉妃は、()妃や(ロウ)妃といっしょに、しばしば(ヘキ)宮を訪れているそうだ。 「(ヘキ)妃は、琵琶(びわ)の腕も相変わらず素晴らしいのですけれど、最近は(ロウ)妃から踊りも教わってらして。上達が早くていらっしゃるのよ」  碧妃さま、運動してくださってるんだ…… 嬉しいな。 「碧妃さまなら、ハマると夜遅くまで練習しておられたり、しそうですね」 「ほんと、そんな感じよね」 と、桜実。 「(ヘキ)妃さまも、(ロウ)妃さまも、裏表ないかたで。雨紗(ウシャ)さまには、良かったわ」  桜実はいつも、莉妃を名前で呼ぶ。きっと、ほんとうの姉妹みたいに思ってるんだろう。  「で、()妃さまとは? 仲良くなられました?」 「あのかたは冷たくて…… まあ、わたくしですから。嫌われても、しかたがないのですけれど」 「きっと()妃様は、人見知りでいらっしゃるんですよ」  しょんぼり肩を落とした莉妃を、桜実が慌てて慰める。 「雨紗(莉妃)さまの真心が、そのうち通じますとも!」 「そうかしら」 「そうですとも! 落ち込んでいらっしゃる暇はありませんよ、雨紗さま。上巳(3月3日)の宴の流し雛も、人数分はまだまだ、ですし」 「流し雛……?」  それって、前世日本の、一部地域の風習じゃ? この世界にもあったんだ。  わたしが流し雛を知らないと思ったのだろう。桜実が説明してくれる。 「わたくしたちの故郷では、上巳の節句(3月3日)(やく)を人形に移して水に流すんですよ」 「へえ……」 「それで、今年は雨紗(莉妃)さまが、仲良くなった皆さまにも流し雛で厄を流してもらいたい、とおっしゃって…… いま、お手ずから、人形を縫っておられるところなのです」 「梓恩さんのぶんも、作りますから、受け取ってくださいね」  莉妃、まじでいいひと……! 「はっ、家宝にいたします」 「いえ流さないと、梓恩さん」  桜実の呆れ声に莉妃がくすりと笑みを漏らしたとき、ちょうど、紅漆で塗られた門にたどりついた。中宮だ。  後宮の茶会といえば、妃どうしの陰湿なバトル ――  こんなイメージとはうらはらに、碧妃の回復を祝う茶会は和やかな雰囲気で始まった。  まあ、(ヘキ)妃は芸術家気質で皇帝の寵愛にも妃たちの人間関係にもまったく興味ないし、禧妃はひたすら無口に礼を守っているだけだし。  で、莉妃はすぐに落ち込むけれど悪意とは無縁のかたで、(ロウ)妃はいつもニコニコしてる幸福的女子(ハッピーガール)だし……  バトルになるわけ、なかったのかも。  唯一、そんな感じがあるとしたら、寵愛No.1の(シュ)妃と位階No.1の皇后陛下(奥さま)か……  珠妃は、ぱっと見は善良そうな美女。 『美しい』 と 『かわいい』 をあわせもつ、正統派かつ清純派だ。所作も言葉遣いも洗練されていて、嫌みなところがないのが、かえって嫌みな気がする。  それに見た目ほど、性格が良くなさそう。  いまも、皇后に巽龍君(皇太子殿下)の話をふって 「本当に、利発で文武ともに秀でておられて…… わたくしも早く、若君(わかぎみ)のような立派な男子を、皇帝陛下のために産んでさしあげたいものですわ」 などと誉めてはいるけれど。  寵愛最下位の皇后にマウントとってるようにしか、聞こえなくない?   しかもこれって 『いずれは自分の息子が巽龍君(皇太子)の立場にとってかわる』 宣言では…… って、前世の後宮ドラマの影響、受けすぎ? 「わたくしも早く身ごもらねば、陛下に申し訳なくて…… 肩身がせもうございますわ」 「なにを申すのだ、(シュ)妃。そなたは陛下をお慰めして差し上げるだけで、じゅうぶんな功績ではないか」  奥さま(皇后陛下)…… なにげにムカつく(おんな)にも公平で、ご立派でいらっしゃいます (感涙) 「子ができるできぬは、天意だろう? 焦らずとも、天にまかせておればいい。皇帝陛下からのご寵愛深い珠妃のこと、いずれは玉のような子を授かろうぞ」  つまり 『それだけ寵愛されていながら子ができぬのは、そなたが天の意思に背いておるのだろう』 とおっしゃりたいのですね…… さすが奥さま(皇后陛下)、皮肉ですら上品でいらっしゃる。  これが(スウ)妃なら絶対に、心配するふりしながら 「いちど医官に診てもらったほうがいいわね。それとも、祈祷はどうかしら?」 とでも言うところ。 (意訳すると 『病気か前世で罪をおかしてるか、どっちかじゃね?』 となる)  …… って、あれ。嵩妃は?  茶会はとっくに始まっているのに、まだ姿を見せていない。 「おそれいりますが、奥さま(皇后陛下)。嵩妃さまは、どうされたんでしょう?」 「なんでも、体調が悪いんだそうだ。この寒さだからな」 「おカゼでいらっしゃいましょうか」 「さあ? 詳しいことは聞いておらぬが。見舞いにやった者の報告では、具合が悪いからと門前払いされたうえ、(スウ)宮のなかからは、あらぬ叫び声が聞こえたんだそうだ」 「叫び声…… 絶好調に、嵩妃さまでいらっしゃいますね」 「まったく、そのとおりよな」  皇后は、濃いお茶でいれた女貞子(ネズミモチ)珈琲をひとくち飲んで、おかしそうに目を細めた。  潤して気血の巡りを良くする皇后陛下(奥さま)ブレンド ―― 今日のお茶会は、わたしがそれぞれの妃のために配合した珈琲を使ってくれているのだ。 「梓恩、良ければ、帰りがけに嵩宮に行き、様子を見てやってくれぬか?」 「はあ…… わたしでよろしければ、まあ…… たぶん、嵩妃さまからは嫌われているかと存じますが」 「問題ない。そなたの評判は、すでに後宮じゅうに響いておるからな。(われ)からも伝令を飛ばしておいてやろう」 「…… お気遣い、まことにありがとう存じます」  つまりは、断れないパターンだ。私も、(スウ)妃も。  茶会は終始なごやかで、碧妃の琵琶(びわ)にあわせた(ロウ)妃と侍女たちの踊りも、()妃がボソボソと話してくれた郷里の伝説も、莉妃とのおしゃべりも、笑顔の裏で交わされてる皇后vs珠妃のバトルも面白かった。  けど、あとで(スウ)妃のお見舞いに行かなきゃならないのが、どうしても…… わたし、牛の病気の一件で、絶対に目をつけられてるし。  おかげで、茶会の途中でなんどもタメイキ、じゃなくて深呼吸してしまった。  せめて(スウ)妃の症状が、もっと詳しくわかれば…… いやまあ、無理だけど。なんたって、皇后からの使者さえ門前払いなんだからね。知りようがない。  ところが、嵩妃の症状は意外なことから明らかになった。  茶会が終わったあと。  連れだって紅漆の門から出た()妃と桜実、わたしは、宮正の兵に囲まれてしまったのだ。
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