4-2. 梓恩、妃をかばう

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4-2. 梓恩、妃をかばう

()妃、ならびに侍女の桜実(オウジツ)! (スウ)妃への呪詛を行った疑いで、取り調べる。同行されよ!」  ああ、既視感(デジャヴ)……  黒い官服に神羊(しんよう)の刺繍。宮正の士官に詰め寄られて、たちまち莉妃の表情がしぼむ。  桜実は逆に、きっと顔をあげて士官にくってかかった。 「雨紗(莉妃)さまは呪詛など、なさっておりません! もちろん、わたくしもです!」 「申し開きは宮正にて述べられよ」 「……桜実、参りましょう」 「ですが、雨紗(莉妃)さま!」  莉妃がうつむく。 「桜実、ごめんなさい…… やはり、わたくしでは…… つらい思いをさせて、しまいますわね…… ごめんなさい」  聞こえるか聞こえないかの声音で、つぶやくように紡がれる謝罪 ―― 心が痛む。  莉妃は、諦めることに慣れきってるんだ。  きっとこれまで、希望を持っても叶えられたことなんて、ないんだろう……  それでもせっかく、もう一度、頑張ろうとしていたところだったのに。  ―― 無駄だったなんて、思ってほしくない。  わたしは、莉妃と士官のあいだに立ちふさがった。   「お待ちください」 「なんだ。職務の邪魔をするな」 「嵩妃さまがご体調を崩されたのは、本当に莉妃さまの呪詛のせいですか? 証拠は?」 「証拠? 部外者にいちいち言うわけないだろう」 「教えていただけないなら、大理局の端木(タンモク)将軍に直接、おうかがいしますが。もちろん今の、あなたの対応も将軍にお伝えします」 「……!?」  士官は明らかにひるんで、わたしの顔を見た。  なにしろ今のわたしは、士大夫(お偉いさん)に見えているみたいだからね (莉妃・桜実 談) 。  寧凛のお仕着せ、めちゃくちゃ有難いわ…… 普段の作業着、(ほう)を着ていたら、こうはいかない。 「失礼ですが、あなたさまはどちらの……?」 「巽龍君(皇太子殿下)の臣、梓恩(シオン)です。端木(タンモク)将軍には、それなりに懇意にしていただいてまして。まあ、ともに苹果排(りんごパイ)など食す仲ですね」 「梓恩…… さま。大変、失礼いたしました!」 「いえいえ。わかっていただけて、なによりです」  ギリギリ嘘は言ってない ―― この度胸とハッタリが身についたのは、暗殺者一家の養女になったおかげかも。 「それで、どうして莉妃さまが嵩妃さまを呪詛されていると?」 「嵩妃さまは、昨日から急に、お顔などに蕁麻疹(じんましん)がでてしまわれたのだ。医官の処方薬で、いったん(おさ)まったが、今朝がた、またしても…… よりによって、皇后陛下の茶会の日だぞ? これが呪詛でなくて、なんだというのだ」 「それで莉妃さまを? 証拠は?」 「嵩妃さまが、こんなことをするのは莉妃に違いないとおっしゃるんだ。牛の病気の件で、莉妃は嵩妃さまを恨んでいるはずだからな 「そんな!」  思わず、といった感じで口をはさんだ桜実に 「黙れ」 と冷たい視線を投げて、士官は話を続ける。 「もちろん、牛の病気の件は嵩妃さまの勘違いであったことは覚えている。だから、宮正としても今回は慎重を期した。念のため、茶会の間にきちんと莉宮を捜索したのだぞ」 「うわ…… お留守番のかたがた(女官)、びっくりされたでしょうね」 「で、その結果だな。嵩妃さまのお名前を書いた人形が、出てきたのだ! 明らかに呪詛だろうが!」 「それは、上巳(じょうし)の宴のためのものでございます! 断じて、呪詛などでは 「黙れ!」  桜実の言い訳を、士官がさっきよりも強い調子で止める。聞く気、まったくないな。  流し雛のための人形…… たしかに、その風習がない地域の出身の目には、呪詛人形に見えてしまうのかもしれない。  そして、この国の大半が、流し雛の風習を知らない …… ということは、いま、わたしが莉妃をかばっても、きいてはもらえないだろう。多勢に無勢だ。  しかたない。ここはひとまず、待遇だけでもなんとかしてもらおう。 「しかし、ご本人がたは呪詛でないとおっしゃっているではありませんか…… この段階で呪詛と決めつけ、莉妃さまと桜実さんを牢に入れたりしますのは、いささか、やりすぎでは?」 「だが実際に呪詛であったら、どうするのだ!? 人形は嵩妃さまだけではない。皇帝、皇后の両陛下に、皇太子殿下のものまであったのだ。万一のことがあっては、遅いのだぞ!」 「心配されるのは、わかりますが…… 牢では火もたけませんから、この寒さでは、妃さまがたには酷かと思われます。そのような扱いをされて、もし、冤罪だとわかれば…… 牛の件に引き続き、2度めになってしまいますよね? 今回も、謹慎程度ですめば、よろしいのですが」  左遷や厳罰も、あるかもね?  そう言外に匂わせると、さすがの宮正士官も、ひるんだ。すかさず畳みかける。 「どうでしょう。莉妃さまがたは、しばらく、大理局の端木(タンモク)将軍のもとに預かっていただくことにすれば。公正なおかたですから、莉妃さまがたに利することなど、なさいませんでしょう」 「うむう……」 「あるいは、妃さまがたは莉宮にて謹慎のうえ、四六時中、見張りをつけるのが、この場合は妥当なのでは?」 「ふむ……」  士官はしばらく考え込んだあと、うなずいた。 「よし、莉妃の処遇は、宮正司から端木将軍に相談していただいて決めることにしよう。うん、我ながら、いい考えだ」  いるよね、こういうひと。  このあと彼は上官の宮正司に、これを己のアイデアとして報告。  牛の病気の件で10日の謹慎を命じられて懲りていたらしい宮正司もまた 『最初からそのつもりだった』 こととして、端木将軍のもとに相談に参ったのだった。 「―― というわけでして。もし端木将軍が許可くださるのであれば、莉妃と侍女を大理局にて預かっていただきたく……」 「別に、かまわないが」  大理局の長官室にて ――  端木将軍は、今日も穏やかで清々しいたたずまいだった。  宮正司の説明を聞いたあと、さっくり部下を呼び、莉妃と桜実のための客室の準備を命じている。話が早くて、助かるな。  ちなみにわたしは、莉妃と桜実の付き添いとして同行している。 「さて、と。梓恩どの」 「はっ、端木将軍。こちらが本日のお菓子(貢ぎ物)でございます」  宮正とのやりとりがひととおり終わったあと、端木将軍は、いきなり話しかけてきた。目が面白がってるみたいにイキイキしてるのは…… 気のせい、だよね。  とりあえず、菓子を取り出して、捧げてみる。茶会にきた妃たちへのお土産のうち、あまっていた嵩妃のぶんだ。 「これは柿果头(しかとう)と申しまして、干し柿、干し無花果(いちじく)と数種の乾果を蜂蜜(はちみつ)で練り固めたお菓子です。氷室にて保存のうえ、お疲れのときなどに薄く切ってお召し上がりくださいませ」 「ありがたくいただこう…… で、梓恩どの。この件は、どう見ている? 宮正の主張では、呪詛人形まで出たとのことだが」  宮正司と士官の、わたしを見る目が明らかに変わった。 『うるさく口をはさんできた部外者』 から 『端木将軍に一目置かれている士大夫』 にクラスチェンジ、ってところかな。  この人たち、牛の件で莉妃をかばった宦官がわたしと同一人物だと気づいてないっぽい…… 大丈夫か、宮正。  それはそれとして。この場で、意見を述べさせてくれるなんて…… 端木将軍ったら、ほんと気が利いていらっしゃる。 「嵩妃さまのご様子を見てからでなければ、断言はできかねますが…… おそらく蕁麻疹(じんましん)は、呪詛ではなく、ご体質からくる不調ではないかと」 「証明できるかい? きみなら、治せる?」 「嵩妃さまのご様子を見てからでなければ、なんとも。それに、原因がご体質であれば、治療にはお時間がかかります。少なくとも、数ヵ月は」 「良いだろう。とりあえず、嵩妃さまを()たあと、こちらに報告をくれるかな? その内容に信憑性があれば、莉妃さまがたにはいったん、宮にお帰りいただこう」 「端木将軍!」 「それでは、あまりにも」  宮正司と士官が反論しかけたが、端木将軍の無言の威圧感(オーラ)に、口をつぐむ。 「審理をするのは、嵩妃さまが回復されなかったときでも、遅くはないだろう? 心配なら、宮正から女官を莉宮に派遣し、見張らせなさい」 「は…… かしこまりました」  さっすが、端木将軍!  この後宮で、莉妃を悪女の色眼鏡で見ない唯一の人かもしれない…… もし前世のゲームどおりに莉妃と端木将軍がカップリングするとしたら、絶対に推してあげよう。  彼になら、莉妃を任せられるよね。  ひとり勝手に盛り上がりつつ大理局を出る。  さて、次はいよいよ(スウ)妃の宮だ ――  わたしは突き抜けるような冬の青空を見上げて、深呼吸…… しようとしたけど、寒すぎて、無理だった。
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