4-3. 梓恩、妃の不調を解き明かす

1/1
前へ
/62ページ
次へ

4-3. 梓恩、妃の不調を解き明かす

 橙色の(かわら)屋根と臙脂(えんじ)色の壁、細かな格子窓が四層に重なっている ―― (スウ)宮は、なかの住人そっくりなたたずまいの建物だった。壮麗というより、居丈高(いたけだか)。 「もうっ! いやよ、いや! どうして、あたくしばかり、こんなめに! 呪詛はまだ止められないのかしら!?」  近寄ると、かすかに悲鳴が漏れ聞こえる…… 嵩妃だな。  わたしは領巾(マフラー)のなかで深呼吸してから、出迎えの女官に挨拶した。 「皇后陛下からご様子をみるように、頼まれまして」 「はい。ご案内いたします」 「助かります。正直、門前払いかな、と思っていました」 「いえ。つい先ほど、端木(タンモク)将軍からも、同じような伝令を(うけたまわ)りましたので」 「ああ、もしかして、それで再燃……」  女官は叫び声の方向にちらっと目配せして、声をひそめた。 「こんなの呪詛に間違いないのに、()心机(あざと)女め、端木将軍までたぶらかそうとしているのね! ……と、それはまあ、お怒りでした」 「ああ……」 「わたくしどもが 『皇后陛下と端木将軍、ご両名からのお使いまで追い返すのは、おためになりません』 と散々、説得申し上げまして…… ようやく、お会いになると決められたのでございます」 「それは、それは。お手数をお掛けしました」 「なので、お覚悟なさってくださいね」  まあ、覚悟はだいたい、できてます。  ―― 嵩妃、聞く耳もってくれると、いいんだけど。 「もう、いやよ! こんなのひどいわ!」 「失礼いたします、(スウ)妃さま」  嵩妃の部屋は、穴蔵みたいになっていた。  厚手の緞帳(カーテン)で四方がおおわれ、四隅と中央に置かれた火鉢の上では、炭が赤々と燃えている。  その奥で、椅子に腰かけ鏡とにらめっこしているひとが、嵩妃。絶好調で大絶叫中…… だったが、わたしが部屋に入ると、あわてて扇で顔の半分を隠した。  ぱっと見えた感じでは、嵩妃は本当に蕁麻疹(じんましん)みたいだ。  襟元から口元ぐらいまで、すこしだけ赤みがかったデコボコができてる。白粉(おしろい)を厚塗りしてるけど隠しきれてない。  それに、扇を持つ手の甲にも…… このぶんだと、腕にもデコボコが出てるはずだ。ちょっと、かわいそう。 「嵩妃さま、おかげんは、いかがでしょうか」 「これで良いと思うなら、おまえの目は節穴ね!」  嵩妃、話してくれる気はあるみたいだな。とりあえず、ほっ。 「そうですね。お顔の色もあまりよろしくありませんし…… 蕁麻疹(じんましん)は昨日の朝からだと、聞いておりますが」 「そのとおりよ!」 「太医の診察も、お受けになったのでしたね?」 「意味なかったけれどね。呪詛なんだから!」   ああ…… もう。決めつけて被害者妄想におちいるの、良くないよ、嵩妃……   「太医は呪詛だと?」 「最初から呪詛だなんて、言うわけないでしょ。昨日は太医が処方した消風散(しょうふうさん)を飲んで、いったんは治まったわ。けれど、朝、目が覚めたら、昨日よりもっと…… 薬で治らないなら呪詛だって、太医も言ってたわ! 当然よね!?」 「えええ…… いえ、そうとも限らないかと」  むしろ、誤診の責任逃れしただけじゃ。   だが嵩妃は 「ふん」 と鼻でわらった。 「あなたも、あの女に騙されてるクチでしょ。男なんて大体そうよ! 庇護欲そそる、か弱そうな女を守ってやることで優越感と承認欲求を満たしたい、しょーもない生き物なんだから! そういう女は本当は図太くて計算高いから、弱いふりをしてるだけ、ってのも知らないバカだし!?」 「うーん、御説に反対はしませんが……」 「そうよ! あの女、本当はものすごく性格悪いのよ! 牛の件で、あたくしを恨んで、こんなことを企んだんだわ! しかも、皇后陛下ばかりか端木将軍にまで取り入るなんて」  口をはさむ暇がない…… 嵩妃、よっぽどストレスたまってたんだな。  だけど個人的には、嵩妃には、この言葉を贈ってあげたい。 『他人は自分をうつす鏡』 。 「おあいにくさま! 証拠はあがってるのよ!? 今度こそ、泰山府(あの世)に送ってあげるから見てらっしゃい!」  数度めのシャウトを嵩妃が決め、ふう、とひといきつく。いまだ。 「あの…… 少し、窓を開けてもよろしいでしょうか?」 「やめて! 余計なことしないでちょうだい! やっぱりおまえ、あの女の回し者ね!?」 「しかし、しめきった部屋で火を焚き続けているため、空気が悪くなっていますが」 「窓をあけると、(ヒド)くなるのよ!」  嵩妃、恐怖の大絶叫 …… だがこれで、決まったな。 「もしかして、外に出ても、蕁麻疹(じんましん)が酷くなられますか? お部屋で、温めているとマシなんですね?」 「そうよっ! あの女が、あたくしを皇后陛下の茶会に行かせまいと、たくらんだせいだわ!」 「おそれながら、それ、ご体質です」 「そうよっ! 呪詛だって、何回も言って…… はあ!?」 「 ご 体 質 で す 」 「なにを言っているのよ! 呪詛人形だって出てきたというのに、この()に及んでまだ、あの女の肩を持つ気ね!? 恨んでやるから!」 「えーと…… その辺はとりあえず、治してから、考えません?」 「…… は?」  嵩妃が、ぽかんと口をあけてこっちを見た。おっ、舌の色がちょっと紫がかってるな。 「だから、治してから、考えましょうよ、嵩妃さま」 「…… 治るの?」 「お時間はかかりますが、おそらくは」 「………………」 「寛解には短くても数ヵ月かかりますが、その間、できれば、こちらからのご助言を聞き入れてくださると有難く存じます」 「な…… 治らなかったら、おまえも莉妃ともども、処刑してあげるからね!」 「はっ、肝に命じます」  いや、たぶん治るけどね…… 治らなかったら、そのときはまあ、誰かに助けてもらおう。  さて。まずは、嵩妃の症状の解説だ。  こちらの世界では、あまり見ないけど、前世ではそんなに珍しくなかった。これは ―― 「これは、寒冷蕁麻疹(かんれいじんましん)といいまして、寒さに反応して現れる蕁麻疹なんです」 「寒さに!? そんなものが、あるわけ……」 「いや実際に嵩妃さまも、こうして困っておられるんですから。そこはとりあえず、納得していただけませんかね?」 「………… あたくしを、バカにしているのね!?」 「いえ。お考えが頑固で(めんどう)いらっしゃる(くさい)なあ、と思っているだけです」 「……! 覚えておいで……!」  ああもう。本当に面倒くさい。 「嵩妃さまは、寝汗(ねあせ)をかかれることがありますか?」 「……! それがなんの関係があるのっ」  はいはい。かくんですね、寝汗。 「それから、月経痛がひどくていらっしゃるそうですね。月経時に、(かたまり)のような血がお出になることは?」 「そのようなこと、ふつう聞く!? 無礼よ!」  いや、もうその反応いちいちやめて……  またしてもムッとヘソを曲げてしまった嵩妃にかわって、侍女が 「そのとおりでございます」 と答えてくれた。 「月経時はいつも、それはもうおつらそうに、()せっておられます」 「わかりました。ありがとうございます…… さて。  寝汗、月経痛、血の塊、黒ずんだお顔の色と、紫がかった舌……」  わたしは、頭脳は大人な某小学生探偵っぽく、ビシッと指を突き立ててみる。ただし、頭のなかで。 「これはまさに、瘀血(おけつ)があることを示しています。つまり、(スウ)妃さまの寒冷蕁麻疹は、瘀血(おけつ)によってお身体(からだ)(めぐ)りが悪くなった結果なのです!」  瘀血(おけつ)っていうのは、どろどろになって固まった血のこと。原因は、食事とか運動不足とか、いろいろあるけど…… 嵩妃の場合はおもに、性格のせいかな。 「血が巡らずに、どろどろ(とどこお)ってしまっているがゆえに、嵩妃さまは体内の汚れがたまりやすく、冷えて機能を落としやすいお身体となっています。そうしたボロボロのお身体では、衛気(えき)が少しの外邪(がいじゃ)に対しても過剰に反応してしまうのですよ」  つまり、(からだ)がボロボロだと、そこを守る兵隊さんたち(衛気)は外からの攻撃に対して、敏感にならざるを得ないのだ。油断すると城が崩れちゃうからね。衛気(えき)さんたち、なんて健気(けなげ)……! 困るけど。 「嵩妃さまのお身体では、衛気が寒邪(かんじゃ)に対して過剰反応して体表に現れているわけですが…… そのときに、ついでに体内にたまった汚れも持って出てしまうんですよね。気の流れは血や水の流れを引き連れますから。  その結果、体表に出た汚れが、蕁麻疹(じんましん)なのですよ」  科学的にはどうか知らんけど、どうよ、この美しい起承転結……! これが、中医学のシステマティックな理論です (どや顔) 。   「…… で。結局、なにが言いたいの?」  あーやっぱり感心とか、してくれないよね、嵩妃だし…… ちょっと、しょぼん。   まあ、気を取りなおして。  さくさく、治療方針の説明に移ることにしよう。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

146人が本棚に入れています
本棚に追加