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4-5. 梓恩、鯖魚を料理する
「破血って、なにかの秘技みたいでカッコいいですよね?」
「それと、このオニ面倒な鯖魚の骨抜きとに、なんの関係が? 梓恩師匠?」
「手をかけるほど、食べやすくなって効果があがる…… みたいな?」
茶会の翌日の、朝食後 ――
わたしと寧凛は、せっせと鯖魚丸子を作っていた。
鯖魚は晩秋から冬が旬。莉妃の実家からも後宮に大量に献上されていた…… でも、あまり食べてもらえずに氷室でカチカチになってたんだよね。
鯖魚丸子は、お魚になじみがない人向けの消費レシピだ。
「坊っちゃまは塩焼きがお好きですけど、これはこれで、目新しいかと思いますし…… 面倒だなんて、召し使い失格 「だって、嵩妃さまのためなんでしょ!?」
「いやいや、主目的は坊っちゃまのおためですよ。嵩妃さまは、ほんのついでです…… よし、骨を全部とったら、身をほぐして叩いて細かくしますよ」
「うえええ…… なまぐさい」
「においは、葱と大蒜、生姜で消します。温める力が少し強くなるので、坊っちゃまには白菜と大根おろしたっぷりの雪水鍋で召し上がっていただきましょう」
嵩妃のためには、味噌豆乳鍋。味噌で毒素をデトックス、豆乳で潤い補給、ってイメージね。
細かくした鯖魚の身に、薬味と片栗粉を混ぜて、つみれ状にまとめる。
巽龍君の鍋は目の前で料理するから、いまはここまで。嵩妃のぶんだけ、温めれば食べられるように作っておこう。
煮えた湯に、つみれをポトポト落としていく。少し待つと、いい色になった鯖魚丸子が、ぽこぽこ浮かんでくる…… 地味に楽しい。
「そういえば、わたしが来る前の、坊っちゃまのお食事ですけど……」
「なにか文句でもっ!?」
「湯は、こちらで熱を入れなおせば、余裕で温かいのをお出しできたんじゃ?」
「……っ!」
あ、ごめん。ずっと気づかなかったんだね……
かわいそうだから、できたての鯖魚丸子・味噌豆乳鍋を寧凛の口に入れてあげた。
「……っ! ……っ! ……っ!」
お気に召したようで、なにより。
「これが鯖魚でできておるのか! 新しいな! ……うむ! 美味であるッ! 夕食もこれがいいぞ、梓恩!」
「では、お夕食は鯖魚丸子を焼いて、タレをつけてみましょうか。それから、焼き鯖と大根の什錦飯に菊芋と春菊、蓮根の湯などでは」
「食べりゅううううっ!」
鯖魚丸子の雪水鍋を巽龍君が絶賛してくれて、夕食の品目もさっくり決まったあと ――
わたしは、味噌豆乳鍋を持って嵩宮に向かった。
「こんにちは、東宮から参りました梓恩です」
「……? あっ、あなた昨日の!? なんでそんな下人みたいなかっこうを!?」
「いえ、わたしは巽龍君の料理官なので、こっちが素ですね」
「だましてたのね!?」
嵩宮に到着するなり、女官に詰め寄られた。
ここ、女官もカリカリしてるんだよなあ……
「いえいえ。昨日は皇后陛下の茶会に招かれていたのでオシャレしてただけですよ…… それより、嵩妃さまのための養生食を持って参りましたので、お夕食の際に温めて、お出ししてください」
「ちょっと図々しいわよ、あなた!? なにが嵩妃さまのため、よ! 嵩妃さまは、昨日よりも蕁麻疹がひどくなられたっていうのに……!」
「あ、それ、予定どおりです」
「はあああ!? あなた、やはり莉妃の回し者だったのね!」
「いや違いますって。えと、お薬は、おやめにならないでくださいね。飲み続けていると、効果が見えてくるはずなので」
「もう、わけわかんないわよ! 申し開きなら、嵩妃さまに直接、してちょうだい! できるならね!」
「はあ……」
ああ、また、夕食の仕込みが寧凛まかせになっちゃいそう……
がちゃんっ
嵩妃の部屋に入るなり、投げつけられた茶杯がわたしの顔のよこで壁に激突し、粉々に割れて落ちた。
「あら、手元が狂ったわっ。詐欺師に当ててやりたかったのに!」
「…… 嵩妃さまには、ご機嫌麗しゅう」
「どこをどうとったら、その挨拶になるのよ!?」
顔をゆがめる嵩妃…… だけど、口もとや襟もとが、今日は凸凹していない。
侍女の話と総合すると、朝の冷気で蕁麻疹が激しく出てきてしまったけれど、昼食あたりには引いた、ってことになるかな。
「蕁麻疹、今日は早めに引きましたね。明日、明後日…… おそらくは、日を追うごとに、出ても早めに引くようになって、やがては出なくなるかと思われます」
「だけど、朝はそれはもう、痒かったのよ! ひどいじゃない!?」
「それは、そういう治療法なので仕方ありません」
発表法は、嵩妃の体質にあわせて血流を促進し、最終的には血の巡りが安定して良くなるようにすることで、蕁麻疹を出にくくする治療法。
治療初期には、急に血流がよくなることで、それまで体内にたまっていた汚れが、いっぺんに表に出てしまう…… つまり、蕁麻疹の症状がひどくなってしまうのだ。
―― 説明してみたものの、嵩妃はまだ、あんまり信用してくれてない感じだな……
「ですから、いま、お薬をおやめになってしまうと、完治はしないので、症状ひどくなり損ですね」
「そこまで言うなら、もし治らなければ、おまえを本当にクビにしてやるからね! 莉妃もよ!」
「それそれ、その悲観的かつ攻撃的なお考えも、脾胃や肝腎を損なって血の流れが滞る原因に、なるのですよ。 『もし』 のことにまで、お気を回して、よぶんにお怒りになるのは、損でしかありません。それよりは、いま、おできになる楽しいことをお考えになったほうが、よろしいかと」
「だったら、おまえと莉妃が首だけになった姿を想像することにするわ」
「まあ、それで楽しいのでしたら、けっこうですけれどもね……」
結局は、昨日と同じ会話で終わってしまった感。
個人的には、ひとの首だけの姿なんて、想像するだけで血流止まりそうなんだけどな…… まあ、ひとそれぞれの嗜好ってのも、あるしね。
「また、養生食を持って、うかがいます。お薬は、おやめにならないでくださいね」
念を押して帰った、その後。
嵩妃は文句を言いまくりながらも治療を続けてくれたらしい。
10日後には蕁麻疹が出なくなり、莉妃と桜実は無罪放免となったのだった。
それからしばらくして。
なんと、嵩宮の料理女官が鯖魚丸子の作り方をきいてきた ―― なんでも嵩妃が 「あの宦官が作ったものなど食べたくない」 とごね出して、料理女官に魚料理を作るよう命じたのだとか。
「えーと、お魚はたいてい、莉妃のご実家からの献上品ですけど…… それは、よろしいのですか?」
「黙っておけば、問題ございません!」
「ああ、なるほど……」
「?」
つい、にやっとして、女官から不審そうな顔をされちゃったけど…… 嵩妃も少しは養生のことを考えるようになってくれたんだ、って思うと、嬉しいな。
それからわたしは、嵩宮で女官たちに魚料理を教えるようになった。
そうして、立春を過ぎたころには、嵩妃は薬を卒業。ここからは、食事と生活習慣の養生を続けて、体質を安定させていく。
で、食事や生活習慣が変わると、気分も変わるわけで。嵩妃も女官たちも、ちょっとだけ穏やかになった気がする…… そんな、ある日。
「ねえねえ、梓恩さん」
すっかり元気になった桜実が、こっそり教えてくれた。
「今日ね、碧宮の集まりに、嵩妃さまもこられるらしいの」
「えっ、あの嵩妃さまが…… 莉妃さま、緊張されてませんか?」
「とっても緊張されてるわ…… でもね、仲良くなれたら、誤解されなくなるかも、ともおっしゃってて。なるべく打ち解けられるよう、心がけてみられるそうなの」
「莉妃さま、変わられましたね」
「ほんとうに。梓恩さんのおかげね」
「いえいえ、桜実さんのお力あってこそ、ですよ」
わたしと桜実は、顔を見合わせて、ふふっと笑いあった。
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