6-8. 梓恩、探りを入れる

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6-8. 梓恩、探りを入れる

「こんにちは。巽龍君(皇太子殿下)端木(タンモク)将軍からの使いで、(シュ)妃さまへお見舞いの品を、届けに参りました」  「どうぞ。伝令で、聞いています」  珠宮は、赤い屋根と高い尖塔を持つ、西洋ふうの城。立派な建物だが、その門を守る兵は、1人だけだった。人数が少ないのは、大理局と同じ理由 ―― 新たに感染する心配のない、痘瘡にかかったことがある者が、さほどいないのだろう。 「門より中には入れません。品物は、そこの女官に渡してください」 「わかりました」  わたしはうなずいて、煉瓦(れんが)づくりの門に近づく …… 、そこには女官がひとり、立っていた。侍女の服装 ―― 目が合うと、ひとつ、うなずきが返される。  巽龍君(皇太子殿下)からの贈り物は彼女に渡せばいいのだろう。 「このたびは、皇太子殿下および端木将軍より、珠妃さまへのお見舞いをお伝え申し上げます。とともに、皇太子殿下から、珠妃さまの1日も早いご快癒を祈願しました品を、ことづかっております。どうぞ、お受け取りくださいますよう」 「皇太子殿下の並々ならぬお心遣い、まことに有難う存じます。(シュ)妃より伏して御礼申し上げておりますこと、お伝えくださいませ」 「はい。なお、端木将軍は見舞いの品は、また、別に届けさせるとのことです」 「端木将軍には、お気持ちだけでも有難う存じます、とお伝えくださいますよう……」  侍女、だいぶ疲れてるな。  ずっと宮に閉じこもりっぱなしだし…… ん? よく見たら、顔色が悪いだけじゃない。顔じゅうに痘痕(あばた)がある…… 「もしかして、珠妃さまの看病で、休まれてないんじゃ?」 「…… うっ…… ご、ごめんなさい…… ううっ……」  侍女は急に涙ぐんだ。  そうとう、きてるな、これは。 「でも、仕方ないんです…… 痘瘡にかかっことがある者がほかにいなくて…… 尚宮局に手伝いを回してもらうよう、頼んだのですが…… 無理だそうで」 「そうでしたか…… ひとりでのご看病では、疲れてしまいますね」 「ううっ…… 働くのは、別に、いいんですけれど…… 翠祥(すいしょう)さまが苦しそうにしておられるのが、見ていられなくて……」 「それは…… つらいですね……」  珠妃はぱっと見は善良そうな美女だが、寵愛No.1のプライドのためか、ほかの妃を見下してるようなところが、どことなくあって…… 冷たい人だと思ってた。でも、侍女には慕われてるみたいだな。名前呼びされてるし。  で、ええと ―― これって、聞きにくくない?  わたしの最初の目的は、珠妃に祖母からの形見の品が届いていなかったか、お見舞いのフリしながら探りを入れることだった。  いまは見張りの兵も1人だけ ―― 小声で話をすれば、内容までは聞かれそうにないのも、つごうがいい。  でもですね。  (あるじ)をたったひとりで看病して、ボロボロになってる侍女に探りを入れるとか。ただの料理番には、荷が重いです…… ごめんなさい、端木将軍。  またにしよう。 「では、また。こんど、滋養になりそうなものを、もってきますね」 「有難う存じます。翠祥(珠妃)さまも、喜ばれるでしょう」 「いえいえ、じゃなくて、あなたにですよ」 「へ? え? 私? わ、私?」  え? 侍女、なんでそんなにびっくりしてんの?  きっと、あれだな。他人のことばかり気にかけて、自分のことは棚上げしちゃうタイプ。 「ほら、いまにも倒れそうだから。えーと、お名前、なんでしたっけ? あ、わたしは梓恩(シオン)といいます」 「文香(ブンコウ)、です」 「じゃあ、文香さん。なるべく早めに、なにか美味しいもの、もってきますから」 「っ、ありがとう……」 「きっと珠妃さまも、すぐに良くなられますよ。紫雪、効いているでしょう?」 「はい…… ほんとうによく効いて…… 太医も、驚いていました」 「ね。それに、こちらの皇太子殿下の贈り物。疫病を払う祈りを込めた扇なんですよ」 「扇ですか!」 「? どうされました?」  よくびっくりするひとだな、文香さん。 「いえ…… 及時(タイムリー)だな、と。今日、翠祥(珠妃)さまが大切になさっていた扇が、なくなっていることに気づいたばかりだったんです」 「……!」  こんどはわたしが、びっくりする番だった。  巽龍君、まじに超能力者(エスパー)なんでは。 「その、なくなった扇って…… もしかして、最近、珠妃さまが手に入れられたものですか? 上巳の節句(3月3日)の宴でも、持っておられた?」 「はい。どなたか大切なかたのもので、形見はこれしかないのだと、翠祥(珠妃)さまがおっしゃっていて…… 熱で倒れらたときから、お元気を出していただくために、枕元に置いていたのですが…… 今朝ふと見ると、なくなっていまして」 「え。なくなったんですか? まさか、盗まれたりとか……?」 「さあ? 翠祥(すいしょう)さまのお部屋に入れるのは、いま、私と太医だけなので…… 太医は、これは病が平癒する瑞兆だと言っていました」 「はあ? なんですか、それ」 「扇は翠祥(珠妃)さまの身代わりに、病を負って消えたのだろうと……」 「なるほど……」  うん。めっちゃ、怪しい。  ―― だけどこれで、聞きたいことはだいたい、わかった。 「じゃ、そろそろ行きますね、文香さん。わたしも、珠妃さまのご回復をお祈りしております」 「ありがとうございます…… 梓恩さん」  門を離れてちょっとして振り返ると、文香さんはまだ、見送ってくれていた。いいひとだなあ…… 明日にでも、柿果头(しかとう)干酪(カッテージチーズ)、それから女貞子(ネズミモチ)珈琲(コーヒー)を持っていってあげよう。 「―― そんなわけで、端木将軍。事件の解決には太医をしめあげるのが、いちばん早いと思います」 「きみから、そんな乱暴な意見を聞くとはね、梓恩どの」 「医官でありながら、養生の道に逆らう者に容赦していては、わたしの養生がなりませんので」  珠宮を訪れたあと。  わたしは大理局に戻り、端木将軍に調査結果を報告していた。  ―― 珠妃の祖母の遺品は、珠妃が最近持っていた扇。  だが、それはすでに珠宮から持ち出されている ―― おそらくは、証拠隠滅のため、処分されてしまったんだろう。  持ち出したのは状況 (と、怪しげなコメント) から、珠妃の治療にあたっている太医しか、いない。  ―― 自分の名誉や保身や出世を、人を助けることよりも優先する者……  それって、すごく人間らしくて、しかたないことではあるけれども。  医術は…… ひとを救うために先人が重ねてきた努力と知恵の結晶だと、わたしは思う。そんな尊いものを学んで使わせてもらいながら、自身のために踏みつけ汚す ―― そんな者を許せるほど、わたしの心は広くないのだ。  「わかった。助かったよ、梓恩どの。またいつか、お礼をしよう」 「そんなの、いいですよ。養生のためなんですから」    端木将軍は、さっそく、太医の特定と捜査 (という名のしめあげ) に動いてくれたらしかった。  それから15日ほどがたった、春分のはじめ。  中宮では皇后が、(シュ)妃の全快を祝う茶会を開いたが ―― その裏では、宮正が希望していた痘瘡騒ぎの審判が行われていたのだ。  ただし、結果が、宮正の望む形であったかは…… また、別の話だけどね。  
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