7-5. 梓恩、すべての謎を知る

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7-5. 梓恩、すべての謎を知る

 山中の崖を利用して建てられた4層の宿。4階の見晴らしの良い部屋が巽龍君(皇太子殿下)で、わたしたち召し使いは同じ階の崖側だ。  眠れない……  わたしは、ごろんと寝返りをうった。  寧凛(ネイリン)と共用の部屋に戻ったあと。とくにすることもないので、とりあえず言われたとおりに休んでいるのだが……  いろいろなことを考えてしまって、目はさえるいっぽうだ。  (ベッド)のうえでゴロゴロしていると、寧凛が戻ってきた。 「(ロウ)妃の容態、落ち着きましたよ、梓恩(シオン)さん」 「ありがとうございます、寧凛さん」  「このあとは、侍女に交代で様子を見てもらって、(ロウ)妃には数時間ごとに蜂蜜湯を飲んでいただく、でいいですよね?」 「はい、ばっちりです……」  (ロウ)妃、回復しそうで良かった。  寧凛がすぐに呼びにきてくれて、まだ意識があったから助かった。もし意識を失っていたら、この国の医療では危うかったかもしれない。  ―― とすると、あと気になるのは、どうしても、こっちの事情のほう。  「あの、寧凛さん」 「なんでしょう、梓恩さん」 「みなさん、なにかおっしゃってました? わたしのからだのこと……」  思いきって尋ねると、寧凛は、この世の最大の不幸にあったみたいに目をしょぼしょぼさせた。 「いやもう、坊っちゃま(皇太子殿下)の勝手なご意志で、お気の毒だと。みなさん、おっしゃっていました」 「……?」 「ですが、ともかく、梓恩さんが、そんなからだになってしまった事実は、変えられないので…… (スウ)氏さまも(ヘキ)妃さまも(シュ)妃さまも、梓恩さんを宮の女官にしたい、とおっしゃっています。が、坊っちゃま(皇太子殿下)はお譲りになる気はない、と」 「ちょっと待って。その前に、みなさん、どうして、そんなに対応力がおありなんですか? こんな事態、びっくりしますよね、普通?」 「それは、びっくりされてます。ですが、坊っちゃま(皇太子殿下)のご祈願の結果、こうなってしまったのなら、しかたないと…… 僕は一応、みなさんの手前、梓恩さんのからだを元に戻してくださるようにお願いしてみたんですが」  「はあ……?」 「頻繁(ひんぱん)に頼みごとをして、温泉の女神のご気分を害したら、なにをされるかわからないから、ダメだとのことで……」 「あの、わたし。ちょっと坊っちゃま(皇太子殿下)に、事情をおうかがいしてきます!」  わたしは起き上がり、宦官服を着て部屋を出た。 「失礼いたします、坊っちゃま(皇太子殿下)」  巽龍君(皇太子殿下)は、灯の下で読書していた。  わたしが部屋に入ると、本をわざわざ置いて、顔を向けてくれる。嬉しそうな、てれているような…… ちょっと珍しい表情。 「梓恩! さっそく来てくれるのは嬉しいが、私にはまだ早いぞ!?」 「は!?」 「添い寝だろう? だがしかし、それは、きっちりと側室認定されてからでなくては…… ()く気持ちは嬉しいが、すまぬな!」 「は!? ではなく、あの…… 大変に失礼なことを申し上げるのですが、話がかなりすっとんでいて、意味不明でございます、坊っちゃま(皇太子殿下)」 「ああ、すまぬな!」 「いえ、こちらこそ」  落ち着いて話を聞いてみると、なんと、巽龍君(皇太子殿下)は最初から、わたしを怪しんでいたらしい。まじか。 「梓恩は、実績もないのに(チョウ)総監の一存で東宮の料理番になったろう? 怪しまぬのが、無理というものだ!」 「…… 大変、申し訳なく存じます……」 「よい。そなたのせいではないからな! 用心して寧凛に見張らせておったが、特に妙なそぶりもなく、たまに妙な料理は作るが、むしろ美味であった!」 「はあ…… 恐れいります」  そうか、そうだったのか……  寧凛がずっと、わたしについていてくれたのって、怪しまれていたからなのか…… いや、知ってるけど。  最初から 『変なことしたら上に報告』 って言ってたしね、寧凛。 「そなたの出身なども、独自に調べさせてだな! そのときに、そなたが()家の養女であることを知ったのだ!」 「ぐっ……」 「それで極秘に()家の頭領とも話しあってだな、頭領が、どういうつもりであるか確認して、了解した!」 「わたしには、坊っちゃま(皇太子殿下)を…… いえ、ほかの誰であろうと。人が天より与えられた生命を奪うつもりは、断じて、まったく、ございません」 「わかっておる! 逆にそなた、依頼主をごまかしておったのだろう? それがわかって、寧凛にも、もう見張らずともよい、と言ったのだが…… そうであろう、寧凛!?」 「はい。ですが、僕の希望で、梓恩さんにつかせてもらっていました」  巽龍君の呼びかけに応じるように、寧凛が扉から入ってきて拱手する。 「主のお食事のご用意は、侍従のつとめでございますから…… 梓恩さんから学ぶことは多く、あと、やっぱり、あまり変な料理を作られると心配ですしっ」 「まあ、正直なところ。太府局長官と(チョウ)総監が失脚したのちも、知らぬ顔して私のごはんを作り続けてもらう気であったのだが!」 「坊っちゃま(皇太子殿下)……」  うわ…… 感動して泣いちゃいそう……  こんなにも、わたしが作る養生食を気に入ってくれてたんだ、巽龍君。  それに、正体がわかってもすぐに断罪せず、事情を調べて、わたしを信頼してくれた……   「だが、まあ、ここでバレたなら、こうするしかないと思ってな!」 「…… つまり 『わたし(梓恩)を女の子にしてくれるよう、温泉の女神の(ほこら)でお願いした』 ということに、なさったんですね……?」 「うむ! そなたを側室にするためだと言ったら、みな納得したぞ! うまくいったであろう!?」 「はあ、まあ……」 「霊験(れいげん)あらたかと、宿の主人も喜んでおる! 万事好好(オッケー)だな!」 「けど、恐れいりますが、ほかに理由づけできなかったんですかね? なにも、側室とおっしゃらなくても……」  巽龍君がきょとんとして、わたしを見た。 「うん!? もしや梓恩、そなた、側室はイヤなのか!?」 「そうですね…… イヤです」 「そうか、妃がいいか! うむ! すぐには難しいが、努力しよう! 心配するな、梓恩! 側室でも、そなたを一番に大切にするゆえ!」 「いえ、そういう問題ではなくてですね…… できれば、いまのまま、仕えさせていただきたいんですが……」  いや、いきなり側室とか妃とか言われても、お姉さん、犯罪者な気分にしかならないのよ。巽龍君(皇太子殿下)、まだ12歳 (もうすぐ13歳) だし。  あと、後宮のいまのお仕事(養生スローライフ)、気に入ってるから……   「坊っちゃま(皇太子殿下)の側室や妃には、またいずれ、名家のお美しい姫がこられるでしょう。わたしは、いままでどおり、坊っちゃま(皇太子殿下)のお食事を用意させていただくのが、幸せでございます」 「うむ…… …… そうか! ならば、母君にも相談しよう! よきよう、計らってくれるはずだ!」 「ありがたき幸せに存じます」 「うむ! 苦しゅうない!」  寧凛がそばで、ほっと息をついた。 「よかったですね、梓恩さん」 「はい…… 寧凛さんも、ありがとうございます。ご心配、おかけしました」 「ほんとですよっ、もう!」  がるがるとかみついてくる、かわいいツンデレ美少女顔。  ―― これからもまだ、一緒にいられそうだ。  その後。  (ロウ)妃は無事に回復して茘枝(ライチ)をちょっと控えるようになり、わたしはしょっちゅう妃たちに 「うちの女官にならない?」 とスカウトされつつ、湯治養生の日々は過ぎていった。   最終日には、(シュ)妃と(スウ)氏の痘痕(あばた)は化粧でごまかせる程度に薄くなっていた。  碧妃と琅妃も巽龍君(皇太子殿下)雅雲君(弟殿下)も、お肌がつるつるぷるぷる、より健康そうになって……  みんな、湯治がすっかり、気に入ったのだった。  次の機会には、今回来られたなかった皇后陛下や()妃、()妃も一緒に行こう ――  そんな話で盛り上がりながら、わたしたちは、後宮へ帰っていった。 
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