エピローグ~梅しごとのころ~

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エピローグ~梅しごとのころ~

 降りつづいていた雨が、ようようやんだ。湿邪(しつじゃ)を払うように、さあっと風がふく。  甘くすがすがしい香りが、あたりに満ちる。  鮮やかな緑の葉のあいだにみえるのは無数の、心が震えちゃうほどに優しい色の実。  ―― 小満(しょうまん)。万物を成長させる陽気が天地に満ちはじめ、夏めいてきたこの季節の贈り物は…… 麦に紅花、それから、なんといっても、梅。 「なんで僕が、こんなところで……っ」 「だって、約束したじゃないですか。一緒に作ろうって」 「だからって、こんな作業までっ!」  がうがう吠える寧凛が持っているのは、目の細かい大きな網。  いま、わたしたちは梅しごとの真っ最中なのだ。  今日は、木々の間に網をはる作業と、梅酒と梅糖水(シロップ)用の青梅の収穫作業。網を張るのは、完熟した梅が地面に落ちて、傷むのを防ぐためだ。 「助かります。皇后陛下から命じられていたのですが、ひとりではなかなか、手が回らなくて……」  向こうの木の下で、柔らかな笑顔を見せているのは、かつて宮廷一とも呼ばれた、美貌の宦官 ―― (チョウ)もと内侍総監だ。  いまは下人のように、髪を短く切り、作業着の姿となっているが…… 以前より、声も態度も穏やかになっている気がする。  ―― 雨水のある夜に、わたしを訪れて暗殺の進捗について問うたときよりは、確実に。  (チョウ)宦官は、(スウ)氏のお父さんの太府局長官に協力していたかどで、死罪が確定だったところを皇后に救われた。  その理由を皇后は 『はびこる雑草も使いよう』 とだけ語った。  ちなみに、その 『使いよう』 がなぜ、梅林の管理人なのか、ということについては…… 『ある春の宵、娘思いの親父に会ってな。彼奴(かやつ)が申すに、後宮の奥で放置されている梅林に錦を飾ると、その娘が宮廷に百福をももたらすであろう、と』   という、謎の理由によるらしい。  この理由、後宮ではもっぱら 「瑞兆に違いない」 と ―― すなわち 「皇后陛下は神農(医薬と農業の神)より啓示を受けられたのだろう。『娘』 とは大地の女神、后土(こうど)のことだ」 と解釈され、噂されている。  なんかこの 『娘思いの親父』 っていうのが、妙にひっかかるんだけど…… まあ、皇后には皇后の思いがある、ってことなんだろう。  どっちにしても、このふわっとした神仙解釈は物事をふわっとおさめるのに、けっこう都合がいい。  わたしも、性別がバレたときは巽龍君(皇太子殿下)の 『温泉の女神の霊験(れいげん)』 説に助けられちゃったしね。  ちなみに、あのあとのわたしの処遇は、といえば ―― 「まあ、特例宦官とでも、すればよかろう」  皇后陛下の鶴のひと声で、わたしは 『特例宦官』 ―― 女性だが籍も役目も宦官、ということになった。  前代未聞だが、宦官から女官や側室になるほうが、もっと問題が多いため、この辺に落ち着くのがちょうど良い措置だったらしい。  この段階で、私が女子である (女子になった?) ことは後宮じゅうに広まったわけだが…… 司牧の亜芹(アキン)には、めちゃくちゃ驚かれ、大理局の端木将軍には 「みんな、なぜ、気づかなかったのか」 とコメントされた。それって。 「端木将軍こそ、なんで怪しまなかったんですか?」  「(パイ)が美味しかったから」  これまた謎の理由だが、まあ将軍ならではの基準が、なにかあるんだろう。  そして、司薬丞の()宦官は、わたしが温泉のせいで変身したことを真に受け、全国から温泉水を集めて性転換薬の研究中である。がんばれ。  なお、わたしが女子だと後宮でバレたことは、義兄にもバレて ―― 一時期 『逃げよう! 地方にでも隠れ住んで、ふたりでつましく暮らそう!』 と、いろいろな手を使って散々に説得してこられたけど……  それはまた、別の話ね。  さて、そんなわけで、わたしはまだ、後宮で巽龍君(皇太子殿下)の料理番として働いている。  今日、寧凛と梅林を訪れているのは、湯治旅行の船の上で 『一緒に作ろう』 と約束したアレを作る、準備のためだ。  清熱・整胃・健腸・鎮咳去痰(ちんがいきょたん)から虫くだし、はては美肌まで……  梅はもともと、養生的に万能食材といっても過言ではないポテンシャルを秘めている。  その効能は、この国でももちろん知られていて、青梅を燻製したものは 『烏梅』 という薬にもなっている …… けど。  前世の日本ならではの、この養生食材には、かなうまい……!  ―― これから、雨の多い季節。皇后は乗り切れそうな気がするけど、後宮では、体調を崩す妃たちも多そうだ。  ()妃は脾胃(ひい)を弱めそうだし、気難しい(ヘキ)妃は頭痛を起こすかも…… あと、お酒に油っこいもの大好きな()妃は、脾胃にたまった湿邪が上にあがって鼻炎とか…… うんうん、なりそう。  だけど、どんな不調も、これさえあれば (たぶん) 大丈夫。   「梅が完熟したら、こんどは作りますよ。  『梅干』 を……!」  青梅のかおりを胸いっぱいに吸い込み、わたしは宣言したのだった。 (おわり) ~ 皇国の七妍(しちけん) プレイキャラクター一覧 ~ 【キャラ:(ヨウ)桃夭(トウヨウ)  位  :皇后(こうごう)  年齢 :32歳    ☆プロフィール☆   大柄な派手美女、後宮随一の正義漢。気が強く、皇帝ともよくぶつかる。そのため皇子を出産後、すっかり仲が冷えていた。  しかし特例宦官・梓恩より 『養生』 を学んでのちは皇帝と仲直りし、名実ともに後宮の支配者となった】 【キャラ:()雨紗(ウシャ)  位  :昭儀(しょうぎ)  年齢 :24歳    ☆プロフィール☆   清楚な美女だが、後宮に入る前に3人の夫を次々に亡くした不幸な過去を持つ。そのために暗く後ろ向きで誤解されやすい性格となった。  しかし特例宦官・梓恩より 『養生』 を学んでのちは落ち込むことが少なく明るくなり、変わらぬ控えめな性格もあって、皆から愛されるようになった】 【キャラ:(スウ)美蘭(ミラン)  位  :娙娥(けいが)  年齢 :23歳    ☆プロフィール☆   ややキツめの正統派美女。妬み深く、被害者妄想におちいっては他人に恨みを向ける性格。  父親が珠妃を害そうとしたとばっちりで、一時期、妃籍から抜かれて無位となる。  しかし特例宦官・梓恩より 『養生』 を学んだ結果、ひとも己も同じように大切にすることを知り、性格が穏やかになる。のちに皇太子を刺客からかばい、その褒美として妃位を回復した】 【キャラ:(シュ)翠祥(スイショウ)  位  :傛華(ようか)  年齢 :21歳    ☆プロフィール☆   清純派・正統派、美しいと可愛いをあわせもつ理想的な美女。寵愛No.1の座を誇っていたが、陰謀により痘瘡にかかって美貌を損ない、失脚しかけた。  しかし特例宦官・梓恩より 『養生』 を学び、実践した結果、美貌と寵愛を取り戻し、公主を出産する】 【キャラ:(ヘキ)聆嬋(リョウセン)  位  :美人(びじん)  年齢 :26歳    ☆プロフィール☆   美意識が高く、気難しいナルシスト。芸事に秀でており、そちらの面では重宝されている。  本人としては寵愛はどうでもよく、ひきこもってひたすら芸術にひたっていたいタイプ。  しかし特例宦官・梓恩より 『養生』 を学んだ結果、人との交流の楽しさを見いだした。それが良い影響を及ぼし、画筆にも(ガク)()にも、より磨きがかかったという】 【キャラ:(ロウ)九詩(クシ)  位  :美人(びじん)  年齢 :19歳    ☆プロフィール☆   本名は 『幸福』 を意味する 『クシィ』。とにかく明るく気さくな南国美女。舞踊が得意で、踊ってさえいればなんでもいい。  特例宦官・梓恩が説く 『養生』 の道も、嫌いじゃないが、けっこうどうでもいい。だって真面目にやらなくても、困ったら助けてもらえるし。後宮のムードメーカーとして幸せに暮らしている】 【キャラ:()娜潯(ナジン)  位  :美人(美人)  年齢 :25歳    ☆プロフィール☆   本名は 『希望』 を意味する 『ナジンカ』。酒と油っこいものが大好きな、デレ少なめツン気質のふっくら美女。とても人見知りなので、仲良くなるまではめちゃくちゃ冷たい。  故郷の婚姻制度は一夫一婦制だったため、後宮の制度はストレスそのもので酒量があがる原因になっている。たまにやってくる皇帝にも塩対応。  しかし特例宦官・梓恩が 『養生』 の道をしつこく説いてくるので、影響を受けて健康に気を遣うようになった。いまは自宮の庭に畑をつくってスローライフを楽しんでいる】 【キャラ:()梓恩(シオン)  位  :特例宦官(とくれいかんがん)  年齢 :18歳    ☆プロフィール☆   現代日本からの転生者。漢方養生の知識に優れており、皇太子・巽龍君の料理番として活躍中。  養生のことを考えながら、のんびりとした後宮慢活(スローライフ)を楽しんでいるが、最近はやたらと巽龍君から妃になるよう勧誘されており……】 ⇒ CONTINUE   RESTART
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