ep3.聖なる祈り

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 7.  突然腕を引かれ、体がよろめいた。 「叶多っ! ここから離れよう!」 「……星伽?」  夜のコンビニ帰り。片側二車線の道路で信号待ちをしていたときのことだ。急に彼女が僕の手を思い切り引いた。僕の手首を掴む両手と、彼女の必死な形相を見て、理由(わけ)も聞かずに頷いた。僅かに狼狽えたものの、信頼する彼女を拒むことなどあり得なかった。  星伽に手を引かれるままに歩き、ひとつ先の信号機が視界に入った。  その瞬間。激しい衝突音が耳をつんざいた。背後からだと察し、星伽と共に振り返る。  一台のトラックが電柱に突っ込み、白い煙を上げていた。その様子を見て、サァッと血の気が引いた。さっきまで僕たちが立っていた場所だからだ。 「……危なかったね」  彼女が僕を見て、涙に濡れた瞳を細めた。 「星伽、今のは。いったい?」  何がなんだが分からずに、僕は彼女を見て眉根を寄せた。唇が震える。 「、運が良かったの。叶多は助かったんだよ……っ」  語尾を震わせ、彼女が抱きついた。僕の背中に両手を回し、「良かった」と繰り返しながら泣きじゃくる。  運が良かった、本当にそれだけなんだろうか?  疑問は残るものの、僕は大きく息を吐き出し、彼女を抱きしめた。小さな背をさすり、「怖かったね」と言葉を掛けた。  あとから知ったことだが、軽トラックの運転手は、運転中に心臓麻痺を起こして既に亡くなっていたらしい。
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