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こっそりとだが、丁寧に教えてくれる彼女を見て、『へぇ』と呟いた。ちなみに、このバイトの時間、花純さんとはほとんど目が合わない。
彼女にも一応の分別があるらしく、普通なら見えない幽霊の僕と、目立つような交流は好まなかった。
変人のくせに、と胸中でボヤいて僕は彼女を一心に見つめる。幽霊というものはやはり不可思議なものだ。物体、物質には触れないのに、視覚や聴覚はもちろん、嗅覚までもがなぜかそのままで。色々な花の香りに包まれて心地よい気分に満たされる。
その空間で見る花純さんは、普段の倍以上に輝いていた。くるりと巻いた髪を二つ結びにし、赤いエプロン姿で絶えず笑顔を振りまいている。お客さんの要望に応えて花々を選び、綺麗にラッピングする姿に正直いって見惚れた。
花純さんは接客業が性に合っているのか、楽しそうだった。彼女の笑顔は幸せそのものだ。
詐欺だと思った。
普段あんなに変人なのに、花屋の店員に扮した彼女はまるで聖母マリアさまだ。
「ありがとうございました〜」
語尾にハートでも付けそうな彼女を見つめ、フワフワと気持ちが浮き立つのを感じた。
*
その日の夜。僕は夢見心地からアッサリと引きずり下ろされた。アルバイトを終えた後の彼女は、現在狂ったように漫画を描いている。
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