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◇ やっとさわれる
僕がもらした呟きに、ことさら反応を見せたのは花純さんだった。
「いま、なんて?」
彼女は肩を震わせて、耳まで赤く染めている。
「ああ、ごめんなさい。何となく……赤いバラの王子さまって単語が耳に馴染んでいたような気がして」
花純さんは膝の上に置いた鞄をぎゅっと握りながら、消え入りそうな声で「なんで?」ともらした。
「私、その呼び名は。学校の友達にしか言ってないのに」
そこで彼女はハッとなった顔を上げ、怪訝に眉を潜めた。無言で唇をキュッと結び、キョロキョロと忙しなく瞳を泳がせる。
「おかしい」
「え?」
「何でなんだろ……?」
「あの、花純さん?」
今度は彼女の瞳が僕の顔をジッと見て、不安定に揺らいだ。
「私、多分、今から変なこと言います」
「はい」
「実は今朝起きたときから。ずっと変な違和感を感じていて」
「……違和感?」
「あ、いえ。違和感というより……何か大切なことを忘れてしまったような気がしてて」
彼女が何を言わんとしているのか分からず、僕は真剣に耳を傾けた。
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