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霊体の絹子さんは、チェアで尚も眠る自分を見て目を瞬いていた。
《西園寺 絹子さん、お迎えに参りました》
静かに声を掛けると、彼女は僕を見てアッと口を開けた。右手を口元に添え、澄んだ瞳から涙を流している。
天使が迎えに来たことから寿命が尽きたのだと察し、感情が揺さぶられているのかもしれない。僕は彼女に近づき、無言で手を差し伸べた。
『倫太郎さん』
彼女は震える声でそう呟いた。
『きっとまた会えると信じていました』
僕は天使だから名前なんてないのだが、この老女は僕を知っている風な言い方だ。
他人の空似か? 俺を誰かと勘違いしてる?
疑問を抱きつつ、僕は曖昧に笑った。しかしながら、差し伸べた手に彼女の手が触れた途端。これまでに何度か見たことのある白い糸が出現した。
僕はハッと息を呑み込んだ。今度は僕が目を見張り、その現象に言葉をなくしていた。
どういうわけか、天使の僕と絹子さんは想いの糸で繋がれていた。その糸が現れる条件は、互いを想い合う強い絆だ。
そう理解した瞬間、頭の中に数多の映像が流れ込んだ。僕はその勢いに怯んで目を細める。
僕の瞳に映るのは、もはや老女ではなく若い女性だった。艶やかな黒髪を肩口に下ろし、張りのある頬を緩めて微笑んでいる。二十三歳の絹子さんだ。
《……思い、出した》
俺はそう、この庭で死んだんだ。
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