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まだ朝も明けていない、暗闇の向こうからだんだん近づいてくる音。 ・・ャン、ジャン、ジャン。 遠くから金属の破片を束にした、馬に付ける鳴物の音が聞こえてくる。 「ハイヤー!」 パシン、パシンと鞭打つ音もまじり聞こえる。 何事だ?と、そこにいた者は立ち上がり、靄で見えない道の奥を覗き込みました。 「道を開け―!早馬がまかり通る!道を開け!」 男が声を張り上げるのが聞こえます。 だんだんそのものがはっきりと見えてきました。馬に乗った男が、領主さま!と大声をあげながら飛び込んできます。 「止まれ、止まれ!」と両手を大きく振りながら、道の前へと立ちはだかりました。 「ここは領主さまのお屋敷か?」 「そうだ、おぬしは?」 男はコルドバ山のふもとの村の者だと言いました。ハア、ハア、ぜーぜ~と息を切らしながら、馬からずるりと降りると目の前の大きな男につかまりながらこういいました。 「村が、村がドラゴンに襲われた!」 「ドラゴンだって?まさか?こちらへ、大丈夫か?」 男を門の中に入れ座らせるとすぐさま、大きな屋敷の中へと飛び込んで行ったのでした。 トントントン。 ドアを叩く音に耳が動いた、ベッドから声をかけた。 「なんだ」 「コルドバのアシッタル村がドラゴンに襲われたそうです」 ドラゴンじゃと? 「入れ」 「失礼します」 ベッドから起き上がり、着替えを始めるのを手伝う男が詳細を話します。 「では、前から住んでおるドラゴンではないと言うのだな?」 「はい、そう聞きました」 「森も食べ物が少なくなって村を襲ったか?」 「わかりませんが、何せ初めての事で、逃げるのがやっとだったと……」 けが人は出たものの、さらわれた者や喰われた者は出ていないと聞きました。 「フム、そこまでせなんだのは府に落ちぬな」 「いかがいたしますか?」 「とにかく会おう」 男はメガネをかけると部屋を出たのでした。 ここ数年、この国や近隣諸国は災害や飢饉に見舞われ、食べるものが枯渇し、民は貧困にあえいでいました。そうなると、家畜でさえ、えさは行き届かず、はては、森にすむ動物も民家まで出てきては少ない農作物を手にしていく。それだけなら良いが、動物を襲っていた魔物までが街道へ出て人を襲い始めたという報告が出始めたばかりだった。 「食料となればよいが」 「では討伐隊を」 「うむ…若い者を向かわせよ」 「はい」 男が出ていくと、すぐに若い女性が入ってきました。 「父様、何かあったのですか?」 「村が襲われた……」驚く女性はどこの村ですか?と尋ねた。 「コルドバ山のふもとのアッシタル村じゃ、クエルよ」 は、はいという小さな返事。 「ボブを借りるぞ」 「…ええ、父様もどうかお気を付けて」 支度をすると、部屋を出たのでした。 それよりも早いころ、部屋のドアをたたく音に父ちゃんがベッドから出て行った。母ちゃんも起きだし、俺は眠い目をこすっていた。 「なんだって?」 「アイバーンらしいものが出たらしい、助けを求めてきたそうだ」 そういって父ちゃんが支度を始めた。 「父ちゃん?」 「なに、すぐ帰ってくる、兄ちゃんたちのゆうこと聞くんだぞ」 「…うん」 母ちゃんが出ていく父ちゃんの後を追った。 出すの出してこよう。俺はトイレに向かった。 部屋を出ると隣からも音がしてドアが開いた。 アイジュ兄ちゃん? 兄ちゃんが父ちゃんみたいな格好をしていた。まるで戦いに出る戦士の格好だ。 「おー、ジャル、メル―、ジャル起きたぞ、あと頼む」 「兄ちゃんも行くのか?」 「うん、初めてなんだ、行ってくる」 うれしそうな顔の一番上の兄が出て行った。 「なにが楽しいんだか?」 と言って出てきたのは上の兄、メル―。兄はすぐそばのドアに手をかけた。 「あー俺が先!」 「へん、先についた方が先だ!」 俺―、漏れる―! 数時間後、やってきた村は壊滅的でした。 人々は片付けに追われ、村長の屋敷も粉々です。 「父ちゃん、すごいね?」 「ああ、ここまで被害が出ているとは…」 領主さま! 長老は駆け付けた人達に労いの言葉をかけるのがやっとです。 何を狙ってやってきたのか聞くと、家畜が襲われたそうです。 人為的な被害がなかったものの、ひどい有様です。 家がつぶれ、家の中のものがあちこちに散らばっている家が何軒もあるのです。 「これが初めてか?」聞かれ村長は、二日前にも来たが、家を壊すくらいで、被害はさほどではなかったそうだ。 「偵察に来たのでしょうか?」 「話によると、コルドバのドラゴンではないと聞いたが?」 (コルドバのドラゴン?それは何?)と父さんの服を引っ張った。 父さんはイキ神様だと教えてくれた。 イキガミ様? アイバーンという小型のドラゴンに似たものは、若いのか、三匹もの群れでやって来たそうだ。 群れだって? アイバーンはちょっかいを出すだけで、荒らしていきやがる、若いから手も付けられないと年老いた者は言う。 「ガブさんおかしくないか?」 「ああ、群れなんて聞いたことがない」群れで来るのはおかしい、親子だろうかという声も聞こえています。 そこで、長老が話しはじめた。 コルドバ山に住むドラゴンは守り神。 指をさした場所には、白い柱のようなものが数本立っています。過去の遺跡。昔大きな教会があり、その太い柱だけが隆起した山の中央に残ったそうです。その後ろにそびえたつ高い山の上にいるようです。 ドラゴンは出産したのか、穴から頻繁に出ていく。 「まさか子供を狙っていると?」 「ありえます」 その時だ。 「領主さま、あれを!」 赤い羽根を広げた三匹のアイバーンがこっちへ向かってくるのが見えました。 「でかい!」 「みなの者、逃げろ!森へ逃げよ!」 森へ逃げろと大声で呼ぶ大人たち。 人々は、森へと逃げ込みます。俺も父ちゃんに抱きかかえられ、馬の手綱を引っ張って森へと逃げ込みます。 アイバーンたちは、頭上をぐるぐる回転すると、地上を見ているのか、なかなか離れません。 「でっかいね、あれで小さいの?」 「ああ、小さいな」 父ちゃんは見たことある? 三度ほどなといった、神様は?一度だけ見たという、アイバーンなんかよりもっとでかいそうだ。 人々は震え、慄き、声を出せずに、アイバーンがいなくなるのをじっと待っています。 その時、地面が暗くなりました。 上を見上げる人たち。 そこには、アイバーンの三匹よりも大きな巨体がそのはるか上を飛んでいくではありませんか。 人々は、両手を合わせ、神がやってきてくれたと口々に言います。 アイバーンたちはすぐに見えなくなってしまいました、そして大きな巨体は、高い山の上の方へと向かっていくのでした。 その村で、討伐隊は一夜を明かすことにしました。 村人たちは、森の中で様子を伺うだけです。 森にも危険は潜んでいます。 ただ今は、寝こみを教われるよりはいいと、火を絶やさないように、一塊になっているのがやっとです。 男たちは、明日にも必ずやって来るであろうアイバーンの討伐に向け支度を始めるのでした。 「アイジュ、長期戦だ、しっかりついて来い」 「はい!」 魔物とイキガミ様の違いは何?大きさだけ?アイジュはそばにいた大人に尋ねました。 魔物は家畜と変わらないそうです、ただイキガミ様は、知恵があり、話しを出来るものもいる、そして昔から言われているのは、彼らはあの巨体を人の形にすることができる。 「魔法をつかえるの?」 「さあな、魔法はわからないが、俺たちの知らない知恵を持っているというからな、魔法みたいなものなんだろうな?」 ふーん。 早く寝ろという声がします、ありがとうと言って毛布にくるまりました。 もしもドラゴンが死んだらどうなるのかな? 大人たちがひそひそと話しています。 ドラゴンが死ねば、不吉なことが起こるそうです。 魔法。それは物語の中だけでしかない不思議なこと。使える人なんていないと思っていた。 手のひらから、火や、水を出すなんてできっこない。できっこないことができる、だから魔法なんだ。俺はそう思いながら眠ったのでした。 翌々日の朝、日が上り、人が動き出す頃その轟音が鳴り響いた。 上を見上げる人々。 そこには真っ赤に焼けた空が一本の筋を作っていた。 「うてー!」 ボン! アイバーンは、大きなドラゴンにちょっかいを出したのだ。 「何か様子がおかしいな?」 「昨日話していた子供がいるのでしょうか?」 その時だ、耳をふさぎたくなる高い音にみんながしゃがみ込み耳を抑えた。 空にまた、一本の大きな赤い筋ができた。 BO----O—--Bon! 赤い筋の先にいたアイバーンがボンと音を立て肉と血が飛び散り、降ってきた。三匹のうち二匹を倒したがドラゴンも傷だらけで最後の一匹と戦っていた。 だが、力果て、最後は一匹とともにまっさかさまに落ちてきた。 「うてー!」 ドッガーン! 息絶えたアイバーンたち。 「ギル」 「はっ」 「上を見に行くぞ」 「はい」 「ボブ」 「はっ」 上を指さした。 はい! 長老は大きな鳥族に抱かれ、足にはボブが捕まり空へと昇っていきました。 「アイジュ、こっちだ」 「はい」 ギルに抱かれ、山を一気に飛んでいくと、目の前にはぽっかり空いた穴、そこで見たのは、はって穴から下を覗き込む小さきもの。 ギルに合図、穴の上へと降りたった。 穴の上から下を見下ろした。 「主(あるじ)あれは」 目の前にいるのは子供だ。 「ああ」 一歩前に出ると、その子供は振り返った。 「ほー、珍しい生き物がおる」 驚きもしない子供、これがこの土地の領主で長老ハンスとドラゴンの子供との出会いだった。
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