転校生

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転校生

 父の転勤で1年半の間、小学生だった私はこの土地で過ごしたことがある。最初の半年はどうにかこうにか皆と上手くやろうと頑張った。初めての転校生体験。よその土地からやって来た私を最初はクラスの子たちも好意的に迎えてくれていたと思う。それで私は少しばかり周囲に気を許し過ぎてしまったらしい。  クラスでやや鈍くさい女の子がいた。からかいとイジメは紙一重。そのギリギリのところにいる子だった。細かな理由は忘れたけど、その子がみんなから明らかにいじめられている状況を私は目にしてしまった。元々、私はそんなに目立つことをするような性格じゃなかったし、穏やかにすごすことが心地よかったはずなのに、その日はなぜか余計なことをした。「〇〇ちゃんをいじめるのはダメだよ」そんなことを言ってしまったんだと思う。その日から皆の態度が変わった。誰に話しかけても無視される。上履きが下駄箱からよくなくなるようになって、ゴミ箱やトイレの便器に打ち捨てられていたりする。机の上の心ないいたずら書き。登校の時も下校の時も、私と一緒に並んで歩いてくれる生徒はいなくなっていた。体育の授業で二人組になってと言われるのが最悪だった。先生も口では、「美緒ちゃんも一緒に」とは言ってくれたけど、積極的に動いてくれることはなかった。そして何よりもショックだったのは、私がかばった〇〇ちゃんが一番私を嫌う態度をとったことだ。今では何となく分かる。それが彼女にとっての唯一の保身の方法だったかもしれないと。  必然、学校で私はいつも一人だった。習い事とかで友達を作ろうにも、家の周りにそういうお教室はなかった。タイミング悪く、唯一、味方になってくれそうな母は、祖父ちゃんの看病で、よく東京に戻っていたから、家の中でも私一人ということがよくあった。時間を持て余した私は、周辺を散歩することにした。それで見つけたのがあの神社だった。  神社に行ってもすることがないから、たまたま持っていた小さなスケッチブックに絵を描いたりしていた。そんな私を見つけてくれたのが神主さん。神主さんの恰好をしていたから、神主さんと呼ぶようになっていた。本当、そのまんま。 「今日もよく描けてるね?」  時間だけはあったから、私は時間を潰すのに、目に入る光景をそれは丁寧に写し取っていたのだ。人との接し方が分からなくなっていた私は、その呼びかけに何も反応することが出来なくなっていた。いつからか返事をしない私の隣に神主さんが座るようになっていた。何も言わずに、ただ私の隣に座るだけ。そんな日々が過ぎていった。  私は毎日毎日、同じように絵を描いた。 「こんにちは」  それだけ言うと、神主さんはいつも同じように私の隣に座る。ある日、私が絵を描いていると、隣で神主さんも絵を描き始めたことがあった。 「見せあいっこしようか?」  そう言われて、隣を振り向くと神主さんが描いた絵が私の方に向けられていた。 「それ、何?」 「阿吽像でしょ?神社の入り口にある。彼らの後ろ姿を描いてみました」  私は思わず吹き出していた。確かにここの神社の阿吽像は蛇。でも神主さんが描いた阿吽像の後ろ姿はどう見ても蛇じゃない。なんか違う邪悪なものが描かれていたのだ。 「そんなにおかしい?」 「だって」  私は笑いながら、久しぶりだなって思ってた。笑うのが久しぶりだったのだ。 「その方がいいね」  そう優しく言ってくれた神主さんの言葉に私の涙は決壊していた。  
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