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「どうりで……。容貌が日本人離れしてますもんね」
彼にだけ聞こえるように囁きかえした。
葉月と戯れているタガヤンの横顔をこっそり観察する。
目の玉が見えにくいのは睫が濃いうえに細めのせいかと思ったが、それだけではない。三白眼であり、ちらっと視線を注がれるだけでも冷たいものが背筋を這う。そっか。「タガヤン」というのは、日本人の苗字とは関係ないのかも。シベリアの少数民族の言語からきているのではないかと思えてくるから不思議だ。
タガヤンをしげしげと見つめている泉水を、東条は身を乗り出し、のぞき込むように眺めている。
「え? 泉水ちゃん、オレの言葉、信じちゃった?」
東条の声に振り返る。その声はみんなに聞こえている。みんなの視線が集まる。
なに? このおどけた表情?
「う、嘘なんですか?!」
泉水は目を丸くして無意識に相手の二の腕をつかんでいた。みんながヘラヘラと笑っている。世界中に馬鹿にされているような錯覚に陥った。
「下級生をだましたんですね!」
上目遣いでにらみつける。いつもなら食って掛かるようなことはいわない泉水なのに。アルコールがかなり脳にしみわたっているようだ。だまされたことがなぜか嬉しい。だますほどに私に関心を寄せているということじゃないか。
東条は泉水から視線を離せないでいる。この子、なんてかわいいんだろう。もっとだましてみたい。もっといじめてみたい。そう思っている。抱きしめたい欲求を抑えるのに必死だった。
「キミって天然だな」
ハハハと笑われた。泉水はだまされた悔しさと、だましてもらった嬉しさで東条の胸をこぶしで何度も叩いた。叩いているうちに、だんだん笑えてきた。悔しいのを装ってすぼめていたくちびるがいつの間にか緩み、彼の胸をたたくほどに、頬に向かって裂けてゆく。もう、ほとんど笑っていた。そして、この頑丈な胸に抱かれたいと思った。抱かれた自分を想像してまた頬が熱くなった。
叩かれている男も永遠にぶたれていたいと思った。この胸にこの女を抱きたい欲望がひしひしと湧いてくる。叩かれるほどに、下腹部に熱がこもり、解放へ向けた力が湧き上がってくる。
「東条先輩は今日は泉水ちゃんのモノね。もっと積極的に攻めちゃっていいのよ」
座卓の一番向こうの、サークルで一番おねえさんっぽい先輩から声がかけられた。距離があるのに耳元でささやかれたように声が鮮明だ。声がいいのは歌声サークルをやっているからか。
アケミという。髪が長くてとてもきれいだ。ほっそりとした体形に黒のタンクトップとマキシスカートがよく似合っている。心なしかこのサークルにはきれいでエロっぽい女子が多い。
みんなさり気なくセックスアピールをしている。タイトスカートにお尻の形が浮きあがってる先輩もいるし、胸を広く露出している先輩もいる。
「え? 攻めるんですか? わたしが? 東条先輩をですか?」
「そうよぉー。男ってね、攻められて喜ぶんだから……」
「えー……、アケミさんって攻めたことあるんですか」
「もちろんよ。ねー?」
アケミは隣のアケオに同意を求めた。大きな目でウインクしながら。
アケミにアケオ。雰囲気も似ている。え、兄妹? そんなはずはない。
──でも、このサークルでならそんなのもありかもしれない。健全な兄妹をも淫乱なカップルに変えてしまう不思議な力……。
泉水はこの時すでに、エコ・イ・カーデの怪しさを女の持つ本能で感じ取っていたのだった。
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