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あれは授業と授業の間の休み時間だった。クラスで一番熱いカップル、辰巳と弓那がイチャイチャしている。隣の席どうしほとんど抱き合わんばかりだ。泉水は、弓那が机の下で辰巳の股間に触れるのを見た。からだをひねって斜め後ろを向いた姿勢でかたまってしまった。びっくりした、というよりは、興味津々だった。ほかのクラスメイトにも見えていたと思う。黒板にいたずら書きを楽しんでいた女子たちも、チョークの先を黒板に押し付けたまま固まっている。辰巳のズボンの前が大きく突っ張っているのも丸見えだった。そこへズカズカと歩み寄ってきたのが葉月だった。手には白い布のようなものをつかんでいる。後で知ったのだが、それは葉月がその日はいていたショーツだった。とんでもないことが起ころうとしていることを泉水は予感した。葉月は辰巳の前の机を前にずらしたかと思うと、男の前にしゃがみベルトを解き始めた。クラスのみんなも、辰巳と弓那自身も何が起こっているのかわからなかったと思う。ジッパーが下げられ、パンツが下げられた。教室の隅から「きゃーっ」と女子の悲鳴が上がる。やがて葉月は辰巳の膝にまたがり、男のバネのように立ち上がったまっ黒のモノを自分の股間に当ててグイッと腰を下ろしたのだった。瞬く間の出来事だった。男はのけぞりながらも、反射的に葉月の腰を抱いた。葉月は腰を微調整しながら男の頭を胸に抱く。教室が水を打ったように静かになり、二人のもだえ声だけが波の音のように寄せては返していた。弓那は目の前の光景が信じられなかったのだろう。くちびるをわなわな震わせ凍り付いていた。スカートの中で辰巳と葉月が結合していることは誰の目にも明らかだった。
──イヤだ! 東条先輩がわたしの目の前であんな形で奪われるなんて。絶対にイヤ!
苛立たしい思いが渦巻いて溢れてきそうだ。でもその思いを表に出せない。出すすべを知らない。人に怒ったことなんてないから。それどころか、葉月の気迫に押されどんどん萎んでいってしまう。うん、と弱々しくうなずいてしまう泉水。
葉月がほんの瞬間、微笑んだ。氷の微笑み。悪魔の微笑み。「女」、いや、「オンナ」の微笑み。
あの時も弓那を見下ろす表情にこの憫笑がにじんでいたのを思い出した。かわいそうに……。あの子、その日から暗くなり、学校も休みがちになった。カースト順位トップのから真っ逆さまに転落。その瞬間は全クラスメイトの前で目撃されたのだから。
「そうと決まったら水着、水着!」
甲高いはしゃぎ声に現実に引き戻された。ジージーと、相変わらずアブラゼミの大合唱。生暖かい風が長い髪をなびかせる。
「ま、まだ早いでしょ……」
「思いっきりエロいビキニ買っちゃおうよ!」
みごとにマウントを取った葉月は、泉水に腕を絡め、ウキウキと校門を出て行くのだった。
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