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「で、どうだったの?」
「ピーンって、刺激が全身を突き抜けたの。ああ、ここは触ってはいけないところなんだなって思ったの」
泉水は、言葉を覚えたての子どものような、くちゃくちゃと舌足らずの話し方だった。
「痛かったの?」
「ってわけじゃないんだけど……」
「気持ち良すぎちゃったのかな?」
「そんなんでもなくて……」
眠くなってきたのだろうか。泉水は赤ちゃんのようにうっとりと天井を見上げる。瞳にオレンジ色の光源が映りこんでいる。今宵の泉水は妖艶だ。
亀裂が湿っているように見えたのは錯覚ではなかった。清潔な朝露がそこに宿っている。なんて透明な無垢な露なのだろう。感動と同時に、東条には幼いころの記憶がよみがえった。
田舎の桑畑だった。葉がびっしりと大地を埋め、朝日の恵みを独占するように浴びている。あちこちで何か光るものがあって、走り寄った。よく見ると、昨晩降った雨の粒が溜まっているのだった。
人差し指で葉をつく。小さな粒が一つの流れとなって黒土に流れ落ちる。訳もなく嬉しくなって周りを見渡すと、ちっちゃな自分は四方を紫に煙る山々に、いや、山以上のとてつもなく大きなものに囲まれてると実感できた。
秀明、ここが気に入ったかい、と祖母が優しく微笑んでいる。気に入ったというのでは、何かいい足りない。自然と自分が一体不可分でいることに気づいた最初の瞬間だったから。
父は家を出て行った。働かなければならなくなった母は息子を祖母に預けた。転校せざるを得なかった。慣れた学校と、いつもふざけ合ってきた友達と別れるのがつらかった。しかし、そんなこと、この懐の深い大自然に比べたらなんてちっぽけなことなんだ。
そう。なんて取るに足らないことだったんだろう。
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