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しかし、泉水はすでに深く傷を負っていた。幼い時に刻み込まれた劣等意識がしつこく彼女を悩ませていたのだ。運動神経はよくても、勉強はできても、魂の奥の方、ほんとうの自分、自分の核心は、たえず劣等感にさいなまれていたのだった。自分は欠損家庭の子、父親も誰だかわからない子。生まれてしまったがために母と祖母を苦労させている不幸の原因。「きたない!」「のろま!」「びんぼう!」「くさい!」──幼い口から飛び出て泉の心を突き刺した矢は、中学生になっても、高校に進学しても、大学に入っても、そのまま心臓に突き刺さり血を滴らせているのだった。
まわりの男子が求めているのは、自分のそんな不幸な側面であったかもしれない。概して男というものは自分より劣った女性を求めるものだ。男の視線は容貌の美しさの裏に隠されたおどおどしたものを見ている。男の欲望を煽り立てるものを探し当て、さらにはそれを処理してくれるもの漁っているのだろう。それは泉水にとって「きたない」ものであり、「くさい」ものであり、そして「みだらな」「いんらんな」ものであった。
朝すずしいうちにレポートを完成させてしまおう。
保存してあったファイルを開き、コピペする。必須図書の概要はまとめてあるから、簡単なキー操作でコピペする。断片と断片の間に自分の言葉を補っていく。学部のレポートなんて、教授もしっかり読まないだろうし、最後に自分の意見をまとめて置けば、だいたいは通過するものだ。
東条が去年作成したレポートも読ませてもらった。東条が読んだ本を自分も読んだのだと思うと、感無量だ。同じ本を読んだはずなのに、違った意見を持つというのもおもしろい。おもしろいけど、泉水にとっては戸惑いでもあった。
──もし、先輩と同棲とかして……、性格や意見の違いでぶつかることもあるのかしら……。
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