トラウマからオンナへ

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 今、泉水は古びて狭いワンルームで、キャミソールと短パンという格好で机に向かっている。高校の時母に買い与えられたものだ。購入した時のパリッとした感じはもうしないし、ほころびかかっているところもある。家にいるときはいつもそんな格好だ。ブラも一人でいるときはつけない。洗濯回数をなるべく抑えるためだ。  ──一緒に住むようになったら、こんな貧乏くさいわたしの生活、彼はどう思うだろうか。些細なことが原因で心が離れていくのではないだろうか。  扇風機の風がキャミソールの下の肌を撫でていくのが気持ちいい。  肌を撫でられる気持ちよさ……。  集中力がぐらつく。もう何分も前からレポートに集中していないことに気づいた。知性の兜がドロッと溶けかかる。  ──東条先輩……。  泉水の思いはパソコンを離れ、スーッと男のもとへ飛んでいく。覆いのない胸の先に熱い空気のかたまりが触れたような気がした。キャミソールも短パンも消え、男の視線が裸体を優しく包み込むのが感じられる。異性の臭いのしない清潔な視線。  そう、あの視線……。  「かわいい」とか「きれいだ」という時、東条はいつも同じ目つきをする。それをずっと昔にどこかで見たことがある、と思った。泉水が成績優秀者になる前。泉水がいじめられる前……。ああ、いつだったのだろう。あの「目」の存在はほとんど確信だった。なのに思い出せない。いつだったのか。だれだったのか。ああ、じれったい。  ──そっか、あれだ!  この世に生を受けて最初の記憶。女性の目。
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