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東条からは何度も吞め吞めとすすめめられた。せっかくカッコいい部長が隣に座ってくれたのに、断ったら嫌われるんじゃないかと思ってちょびちょび呑んでいる。今後の人間関係形成のためにも吞んでおいた方がいい。
「お酒さあ……」
耳にいきなり東条の声が飛び込んできた。ほかの人の話に耳を傾けているときだった。振り向くと優しそうな視線に包まれる。
「は、はい!」
講義室で講師に指名されたような声が出た。みんながこっちをふりむいて笑った。泉水も笑い飛ばしてしまえばいいのに、喉に大きな塊が詰まったように声が出てこない。顔が火照りひきつってしまう。
──どうして? どうしてわたしはいつもこうなのかしら?
「お酒、苦手なら無理しなくていいんだよ」
青年は泉水の緊張を緩めるようにニコッと笑った。女の前で作った笑顔ではない。本当に相手を心配する陰りが含まれている。肩と肩が触れ合う。爽やかな風が泉水の長い髪をふんわりなびかせたように感じた。
「あ、はい。少しずつなら大丈夫……と思います」
前髪で赤くなる頬を隠した。
「あの……」
「ん? なに? 何でも訊いて。オレ自身のことでもいいし。泉水ちゃんになら何でも話すから」
泉水はサークルの名称の意味を知りたかった。
「あー、あれね。エコ・ディ……、なんだったっけ?」
はあ? 部長がサークルの名前を知らない?
東条はとぼけた顔をして向こうの後輩に振っている。
ふざけているのかなと思った。だって、部長がサークルの名前を知らないなってあり得ない。でも──、この時、泉水は東条がほんとうにサークルの名前を思い出せなくてドギマギしているのを至近距離で見てしまった。
「エコ・イ・カーデ! エコ・イ・カーデです!」
後輩に正される。部長なのにサークルの名前うろ覚えなのは問題だと叱られる。下級生からだ。顰蹙は瞬く間に広がりみんながブーブー文句をいいだした。くちゃくちゃになったおしぼりが飛んできて部長の頭に引っかかった。
──あはは! この部長人気あるんだ。みんなにいじられる親しみの持てる先輩。
「反対から読んでごらんよ」
こりゃまいったな、というふうに頭をかきながら東条はいった。このおどけた仕草も人気の理由に違いない。
泉水は天井を見上げる。そこに答えが書いてあるかのように。
「デーカ・イ……、コ、エ?」
「そう!」
「はあ?」
わかってない。目が点になっている。
「だからさあ……」
もう一度ゆっくり行ってごらんと肘で二の腕を突かれ、促される。
「デー・カ・イ・コ・エ……。そっか、『でかい声』!」
指がパチンとなった。部員みんなが東条をまね、あちこちでパチンと軽い音がはじける。笑い声もはじける。ビールの泡がプツプツはじけるように。
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