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みんな呑んで食べて歌って、大いに盛り上がっている。
店員も大忙しだ。座敷に入ってくるたびに両手いっぱいにかかえられた大ジョッキ。そして大量の空ジョッキを抱えるようにして出てゆく。座敷と厨房を往復するだけでもかなりの重労働だろうと同情する。
泉水は会費のことが気になった。
「新入生は気にしなくていいのよ」
「オレたち、こう見えてもスポンサーついてるからね」
「世界中から補助金が入って来てると思ったらいいから。だから、さあさあ」
お金のことは気にせず吞みたいだけ吞めといわれた。
──補助金? 何それ……?
大きなクエスチョンマークを消せぬまま、おしゃべりと笑いの氾濫の中で溺れそうだった。
始めて口にするアルコール飲料はレモンチューハイ。ビールの臭いが苦手でせめて果実の香りがするヤツにしようと思っていたらそれをすすめられたのだった。
「それさあ、一口もらっていい?」
返事する前に目の前のグラスがさっと奪われる。東条は女の口紅が残っているところにくちびるを当て、ゴクリと一口だけ呑んだ。喉仏が大きく上下するのが見えた。それは女にはないものだ。なにか生々しいものを見たような気がして顔が熱くなってきた。
「あっ、東条先輩、いま新入生と間接キッスしたっしょ?!」
「それ、カップル宣言って解釈していいんですか?!」
まわりが騒ぎ出し、一斉に視線を浴びた。茶碗や皿が箸でたたかれ、奇声が上がり、座敷の空気がグワーッとうなった。なぜかみんなが「君が代」を歌いだした。座っていた男子が真っ白のおしぼりを指に先に引っ掛け頭上にかざし、ゆっくり立ち上がる。それに向かってみんなが軍隊式の敬礼をする。
「ちよにーいい、やーちーよーにー……」
歌声サークルのくせにみんな音痴だ。
真面目腐ったみんなの顔が一斉に弾け、ガハハハ、キャハハハ、笑いの渦が座敷を満たす。
葉月が一人、恐い顔して、じいーっとこっちを見ている。
「じゃ、返礼として、東条先輩と同じところに口をつけて飲んでもらいましょー!」
国旗掲揚の男子が白いおしぼりを振り回しながら声を荒げる。
みんなに囃されながら、泉水はグラスに口をつける。心臓がドクドク高鳴る。くちびるをつけた部分は東条の体温がまだ残っているような気がした。
葉月ににらまれる。
「カップル誕生ぉー!」
場が一層盛り上がり、もっとからだをくっつけろと催促された。神輿を担いでワッショイワッショイやっているような騒ぎだ。女子たちがコナンのテーマソングを歌っている。
I can't stop my love for you
ふたり かたった みらいにー
キミとの いばしょ―が あーるよーおーにいー……
騒然とした外野に囲まれながらも、東条が泉水を見る視線は静かで、奥深かった。ここだけ祭りの喧騒から切り取られ、ふたり静かな湖のほとりに佇んでいるかのような気分だった。
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