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「わたしだって恋したい男の子のタイプがあるのぉ!」
「だからぁ、オレがそのタイプだろ? オレと恋に落ちようぜ」
豊満な上半身に巻き付けられた腕は、まるで蛇がのたくっているようだ。えーと、名前、なんていったっけ。二年生のナントカ先輩。目つきの怖そうなこの先輩には気をつけようと思って名前覚えておいたのに。えーと……、思い出せない。
「あっ! 泉水ぃー、助けてぇー!」
後ろから抱き寄せられ、短いスカートが開いてしまった葉月が泉水の腕をたぐり寄せようとする。
「オレ、ハズが好きになっちゃったみたいなんだ。わかってくれよぉー」
「あれぇ~~!」
歌舞伎役者をまねた高い声を上げ、葉月が泉水から引きはがされる。毛むくじゃらの手が蛇のようにのたくり、透かし編みのニットの下に潜り込んでいく。丸いふくらみがぐにゃっと形を変えているのが見えた。泉水の心臓がドキンと不穏な脈を刻む。
その瞬間、記憶の扉が開いた。あっ、そっか、タガヤンだ!
「多賀谷」なのか「田川」なのか、はたまた「多賀」なのか、苗字はわからない。上級生からも下級生からも「タガヤン」と呼ばれている。「先輩」という敬称もなぜか省略されている。変な立ち位置だなと思った。喜怒哀楽を映さないあのどっしり落ち着いた目つきと関係があるのかな?
──東条先輩のイメージが南国系なら、タガヤンは北方系?
東条のパーツを少しずつ小さく、細く造ったという感じだ。貧相に見えるが頭は良さそう。実際、うちの大学で一番優秀な学部に所属している。足腰はしっかりしている。体格が貧弱なわけでもない。動きが機敏でヘルメットかぶってゲバ棒持たせたら60年安保反対の学生運動家というイメージだ。
色白のくせに髪の毛の量が多く、それがまたうねっている。火がごうごうと逆巻くように。まる金剛力士像の火炎光背だ。
「知ってる? タガヤンってシベリアの少数民族出身だってこと」
東条が宇宙の真理を明かすような神妙なトーンで耳元でささやく。
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