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ちょっとのぞきに行くだけだから
自分から仲良しグループをつくったりサークルに飛び込んでいくタイプではないが、友人に誘われれば決して嫌な顔はせず、いつの間にか溶け込んでいる人間がいる。泉水も、きっとそんなタイプだ。高校で吹奏楽をやったのも、音楽をやりたいという動機よりは、中学校の時からの親友、葉月に誘われたことのほうが大きかった。
「えー、ブラスバンド?どうしようかなー」
あのとき泉水は肩を落とし両眉をハの字にしていた。声も微妙に震えていた。うつむいて大きめのセーラー服の袖をもてあそんでいたのは、できればことわりたかったからだ。
きっと気の合わない子もいるだろうし、練習も厳しいだろうし……。なによりも、落ちこぼれるかもしれないという不安があった。実力よりちょっとだけレベルの高い高校に入ってしまい、授業についていくのが精いっぱい。なのに、部活でまで落ちこぼれたりなんかしたら目も当てられない高校生活になるんじゃ……。もじもじしながらセーラー服の裾を引っ張ったら、胸のふくらみが思ったよりも目立ちってしまい、廊下で立ち話している男子生徒たちの視線を浴びていた。
「ちょっと練習のぞくだけだから」
「ほんと? 見るだけ?」
「うん。だから、いっしょに行ってくんない」
葉月は必ず「くんない?」と、下手に出る。
「まあ、いいか。じゃ、ちょっとだけね」
あまり気乗りはしないけど、葉月のお願いだからいいか。
音楽室にいったら、その日から「キミはこれね」とあてがわれたのがクラリネット。あ、いや、わたしは……、と口ごもりながらくるっと教室を見回すと、葉月はすらっとイケメンの先輩にちっちゃなからだをくっつけるようにして、トランペットの吹き方を教わっている。ただでさえ血色のよい頬がピンク色に染まっているのは、細い管に必死に息を送り込んでいるためか、それとも、もうさっそく恋心が芽生えたためか……。
こんな感じで、結局は葉月の企みどおりに事が成就してしまうのだった。いつもそうだった。だが、後悔したことはない。むしろ感謝している。葉月がいなかったら、引っ込み思案の泉水の学生生活はどれほど地味なものになっていたか、本人にもたやすく想像できるのだから。
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