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③パニック症候群
陸人の前世の親友、秀島和明は先日来たばかりの陸人の再訪問に、笑いながらこういった。
「何?もう学校ピンチなの?まだ1週間経たないぜ。今の小学生は大変だねえ。」
「茶化すなよ。」陸人は真顔で返事し、この1週間の出来事を和明に伝えた。
同級生15人のうちの1人、三井詩織は幼稚園や保育園に行っておらず、これだけの同世代の人間と1日中共に時間を過ごすのは初めてだったらしい。
授業開始初日の2時間目、詩織は急に過呼吸を起こし保健室で休んでいたが、結局早退した。
翌日登校した詩織に、皆「大丈夫だった?」と子供なりに心配して声をかけたが、この日も過呼吸を起こし早退した。翌日から詩織は学校に来なくなった。
想定外の状況に、咲良先生はただただ動揺して授業も「心ここにあらず」で、ほぼ自習のような内容の授業が続いた。
「パニック症か…。」陸人はこの状況をそう判断していた。
ここ最近一気にこの手の病気の人が増えた気がする。テレビ等でもよく扱われている。社会の急激な変化のせいなのか、後遺症を含めたコロナ禍以降の問題なのか…
こういう事はママ友連中はもの凄く敏感だった。
陸人のママもグループLINEで既に知れ渡ってたらしく、帰宅後「今の先生で大丈夫なのか?」と質問攻めにされた。
いくら若い先生とはいえ、今回の件に咲良先生は直接問題があるわけではない。
問題は詩織が今まで家族以外の社会との接点がほとんどなく、周りに生身の人間が一気に現れ、人間関係に対処しなきゃいけないことに対応できない事が問題な気がする。咲良先生は既に保護者からのクレームがあったのか、時折空席になった詩織の席を見つめ涙ぐんでいた。
ここまでの経過状況を陸人は和明に話した。
「なるほどねー。うちの新入社員も豆腐メンタルな子が多いもんな。で、陸人はどうしたいの?」
「俺らコロナ禍は特にリモートワークしてきたじゃん?俺が独断で動くわけにはいかないから、詩織の両親へと咲良先生経由で校長にリモート授業をできるようにはたらきかけたい。」
「ふーん、なるほどね。」
「要は周りに同学年の子がいることに耐性が出来てないわけじゃん?ちょっとPC借りてプレゼン資料作らせてくれないかな?」
「それは全然構わんよ。問題はそれぞれ必要な機材を用意させることを説得できるかだな。」
「こっちは保険の新規客とる営業活動存分やってきたんだぜ?説得作業は慣れてるよ。」
陸人は和明の家に上がらせてもらって、詩織の両親宛への資料と、学校側への資料の2種類をあっという間に作りこんでいった。
同じような状況でのリモート授業での成功例も盛り込んでおいた。
「さあ、準備はできた。あとは双方がどうでるかだな。」
陸人はまず咲良先生に資料を見せ、詩織宅へ訪問して詩織の本音を聞いてみることにした。咲良先生にプレゼン資料を見せると、大変驚いていた。
「これ、誰が作ったの?お父さん?」
「仲良くしてる叔父さんがいて、今回のことを説明したらこれを作ってくれたんだ。」陸人は適当なそれっぽい理由で咲良先生を説得した。
放課後、詩織の家を訪れて本人から話を聞くことができた。
詩織は決して皆が嫌のことが嫌な訳ではなく、むしろ交流したいらしい。
詩織の母も同席していたので、リモートでやり取りするための機材代のことを咲良先生から話してもらい、了承してもらった。
次に校長側に同じ話をすると、機材はコロナ禍に用意していた分が数セットあるらしい。それを利用することにした。
次の日から詩織は机の上のディスプレイを通して、テレビ電話のように授業に参加した。
クラスの連中は心配していたので、この状態を歓迎し、詩織も発作が出ることなく授業をすすめれた。
2週間後、詩織本人が登校してきた。少し心配だったが発作は全く起こらなくなっていた。
咲良先生は安堵の表情を浮かべていた。詩織はそれから毎日学校に来るようになった。事態を報告書にまとめ校長へ提出した。
「あ、咲良先生。キミと一緒に来ていた生徒は誰ですか?」
「彼は高木陸人君です。今回は彼に助けられました。」
「そうですか。それは良かった。」
「高木陸人ねえ」…、校長は咲良先生の退室後、生徒の個別の情報ファイルを取り出し、高木陸人のページを調べた。
④へ続く
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