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④小学生のユメと現実
ゴールデン・ウィークの楽しかった連休が過ぎ、生徒たちの楽しみは今まで経験したことのない、「夏休み」を待ち遠しく思っていた。
15人のクラス全員のキャラクターもだいぶ分かってきた中、咲良先生は「せいかつ」の時間を用いて、このメンバーの将来のユメについて話をした。
人数も少なく統計をとるより直接発表させた方が早いため、最初の10分でなりたい職業を考えさせ、発表してもらうことにした。
さて、陸人は困っていた。今6歳で、もし4年制大学を卒業したとしたら、約16年後の世界についての想像をさせようとしている。
正直、今の社会情勢からしたら、その時点の職業形態なんて全く想像つかない。
咲良先生は寺嶋青空(てらじますかい:以後スカイ君と呼ぶ)君を指名した。
「僕はヒカキンみたいなYouTuberになって大金持ちになりたいです!」男子3人が同意見だった。
YouTubeでは、ショート動画登場以降、余程のインフルエンサーですらなかなか食べていけないと聞いている。
YouTuberという職業が、16年後に存在すると思えなかったが、余計な口は挟まなかった。
「さすが皆YouTubeいっぱい観てるのね。誰か他にある?」
「私は看護師になりたいです。」
向井さくらが挙手した。
これには他2名の女子が賛同した。入学以降引きこもってたあの三井詩織もこれに賛同した。
コロナ禍以降、物凄い勢いで高齢者を中心に死者数が増えており、最近は看護師の大量退職や各地の拠点病院の医師・看護師不足での閉鎖のニュースを多くみかける。
「看護師」という職業としての選択肢は残っていると思うが、今より過酷なパンデミックが今後また日本を襲うことがもしあれば、今の世代の子たちは選ばない予感がする。
勿論陸人はこれにも余計な口出しはしなかった。
「看護師さんも人の生命に関わる大事なお仕事よね。他にもある?」
「公務員です!」西口新(あらた)と他女子2名が挙手した。
このままChatGPTなどの生成AIが飛躍的に進歩すれば、この類の職業は今とは全く違う働き方になっていると思われる。
これも今から更にもう一段階統合されるであろう過疎自治体で、数人分の業務量のマルチタスクを行うのが当然となるだろう。
超過酷である。
「先生も公立学校の職員なので、公務員なのよ。是非目指してね。
まだ発表してない人は挙手してくれるかな。」
陸人を含めて6人が挙手した。
「僕は和菓子屋を継ぐと思います。」杉田貢の実家は和菓子屋らしい。
「公認会計士を目指します。」二宮里美が続き、
「歯科技工士になります。」藤井るなも答えた。
「ありがとう。あとは…高木君と西田麻美さんね。」
「私はパティシエを目指します。お菓子作りが好きなので。」
西田麻美が答えた。
「高木君は?」
「僕は…正直16年後の職業がどうなってるかなんて、全く想像つきません。
でも、法学部に行きたいので、そこから選べる職業を選択すると思います。」
「なるほどね、ありがとう。これで全員ね。
小学生でこれだけ明確に目標をもってるのは皆さん立派です。是非実現に向けて学校生活を大事に積み重ねていってね。」
「あと高木君、昼休みに職員室まで来てくれるかな?」
陸人は何故指名されたか分からなかったが、言われた通り職員室へ向かった。
「先生が気になったのは、何故高木君は今あるたくさんの職業が、将来存在するか分からないって答えた所なの。どうしてそう思った?」
「例えばこれだけ急速に少子化の進む16年後に、教師という職業が今と同じように存在すると思えます?
学校の統廃合も更にどんどん進むと思いますし、今ですら多いeラーニング授業もAIの進化で更に発展するでしょうから、先生たちですら立ち位置の転換をしないといけないと思うのに、僕らはそれのスタートラインにすら立ってません。
今の社会情勢を鑑みても、僕には16年後の日本は想像できません。」
「……。高木君、そんな大人びた言葉や情報を一体誰から教えてもらってるの?」
「お、…叔父さんです。
この前の資料作ってくれた、あの叔父が色々教えてくれるんです。」
「ふーん。でもそれを聞いてちゃんと理解できてる高木君が凄いよ。
あまり悲観した未来は描かないでね。未来はキミたちが作るものだよ。
ちゃんと楽しい学生生活を皆に送って欲しいの。先生から伝えたいのはそれだけ。」
「ありがとうございます。必ず楽しみます。」
先生は笑みを浮かべた。「約束ね。」
「それでは、失礼します。」陸人は職員室から退室した。
完全に出て行ったのを確認して、すぐに咲良先生は校長室へ向かった。
更に2か月がたち、蝉の声が少しずつ騒がしくなってきた。陸人の学校にもいよいよ夏休みがやってくる。
⑤へ続く
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