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1-1 招かざる客
「花街一、美しい『狐花』へ。ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ今宵も、お楽しみくださいませ」
茉莉花の決まり文句に、控えていた同僚が客を連れ行くのを見送った。
支度を終えて店番を引き継ぎ、客を捌いていく。
足は途絶えなく、空き部屋も少なくなってきた。料理長が真顔で「まだ来るの……?」と呟くほど忙しい。
これも店前に瑚灯さまがいるおかげ。
(いや、いるせいでだな)
これ以上は料理長が過労死する。ただでさえ調理場は人手不足かつ忙しさで、誰も担当したくないところなのに。
茉莉花は人に出せる料理は作れないので、他に手が空いてる者に頼むしかない。
誰か厨房に応援を頼めないか、と目配せしようとして。
「おいッ、いつまで待たせる気だ!」
ばんっ。
人ではあり得ぬほど大きい浅黒い手が、カウンターを叩いた。暴力的な音に驚く暇もなく、それは立て続けに鳴らされる。
自分の番が遅すぎて苛立っているらしい相手に、急ぎ頭を下げた。身体は勝手に怒鳴り声と大きな音に反応して、びくりとゆれる。
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