0.始まり

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0.始まり

 ――きゃぁあああっ!  あの世とこの世の境。その片隅にある『花送町(はなおくりちょう)』――あやかしと人間が共存する奇怪な町。  なかでも、一番栄えて賑わうは花街。奥に咲く誇る人気店『狐花(きつねばな)』は、今日も絢爛豪華な装いで、美しい花たちが舞い踊っていた。  店の廊下で、茉莉花(まつりか)は料理を運び終えて息をついた。下っ端はいつも忙しい。すぐに次の仕事へと取りかかろうとして、悲鳴が座敷から響き渡った。 (聞き間違い、なわけないか)  何事も無表情でやり過ごす、何を考えているか分からなくて不気味な愛嬌(あいきょう)。  と、意味不明な評価を受けている茉莉花も、流石に無視は出来ない。間違いなく茉莉花では対処不可でも、だ。覚悟を決めて、出ていったばかりの(ふすま)を再度引いた。  飛び込んできた光景は。 「誰かぁ、誰か来て!」 「おいっおいしっかりしろ!」  接客店員である猫娘の『芍薬(しゃくやく)』が助けを呼んでいる。  傍らで運んだばかりの食事がこぼれ、客である女性が青白い顔で倒れていた。悶え苦しむ女性を押さえつけるのは、ともに来店した男性だ。  男性はオロオロとしたのち、はっと茉莉花を睨む。今にも噛みつかんばかりの形相(ぎょうそう)だ。  状況を見る限り、うちの料理を食べて苦痛に転げているのだから、怒るどころではないだろう。 (やっぱり、入るべきじゃなかったな)  間違いなく『瑚灯(ことう)さま』案件だ。  今、あの如何なるときも余裕を絶やさない、色気の権化のような、無駄に美丈夫(びじょうぶ)の恩人は何処に行ったか。  少なくとも下っ端の出る幕ではない、責任者を呼べよと言われるやつだ。  茉莉花は素早く周囲を見渡し状況を把握する。  転がった食べ物と、倒れた姿。来店時の言いつけ。  嫌でも事件のあらましと結末が分かってしまう。  明らかにこれは。  男性がつるっとした坊主を、室内灯で輝かせて立ち上がる。どすどすと畳を踏みならし、こちらに向かってきた。  男性も連れが倒れて不安なのだ、謝罪と安心を。 「――貴様がわしのものに毒を入れたんだろうッ⁉」 「いいえ。毒は言われたとおりの分だけしか入れてません」  犯人扱いだった。  茉莉花は「落ち着いてください」と返してしまった。男性の顔が噴火寸前。  怒りで真っ赤なのを見て、己のミスに目をつむった。そりゃ落ち着けるわけないですよね。  そもそも何故こうなったのだろう。  いきなり事件の犯人扱いされた茉莉花は、平凡だった数時間前の記憶を辿った。
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