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1-3 変わった花街
「どうぞ」
再度声をかけて、女性を裏口近くのお手洗いへと案内する。豪奢な廊下、どんちゃん騒ぎする部屋に、静かなのもある。
楽しんでいるようで何よりだ。料理長は、死にかけているが。
「……あの」
「はい」
「すみ、ません。わたくし、いくらなんでしょう」
「はい……はい?」
お手洗いに入ると、すぐに蛇口をひねって水を出す。濡らして手首までごしごし洗う。枯れ枝のような腕には血が滲む痣が覗いた。
離れようとした茉莉花は思わず足を止めて、女性を凝視する。
女性は繰り返す。いくらか、と。
(いくら。食事代なわけない、か)
なんとなく問われた意味は察したが、当たっているとは思いたくない。さすがに従業員から指摘するのは憚られる。
話術も皆無な茉莉花には誤魔化すのも無理そうだ。
一瞬の葛藤、茉莉花の妄想だと一蹴するか、それとも。
すぐさま結論は出て、再度茉莉花は女性へ訊ねた。
「申し訳ございません、どういう意味でしょうか」
「わたくし、ここに売られるんですよね。身売り、ですよね」
数秒沈黙する。
それから彼女が大きな勘違いをしているのを理解した。
茉莉花も初めて来たとき勘違いしていたので、気持ちはわかる。まずはそこから正すべきだ。
「違います。ここは身売りなどは受け付けていません」
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