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朝など、しんっと静まっているが、夕暮れから少しずつ声量が上がり、賑わいを見せる。
よっていきな、と誘ってくれるのは嬉しいが、一介の下働きの茉莉花にはお金などない。貴重品は仕事中には持たないし、仕事中の買い食いももってのほかだ。
「ありがとうございます。また瑚灯さまに聞いておきます」
「ああ、きっと気に入る品だって言っておいてくんな」
手のひらをふった。おそらく手。男の手は蛇だ、人間ではない。
花送の住人は、あやかしが人間に化けていたり、そのままだったり、いまの男のように中途半端に人間を装っていたりと様々だ。
異様な光景。普通なら腰を抜かすが、三ヶ月過ぎれば慣れる。あやかしも人間も、市も花街も、茉莉花に対して優しい。
三ヶ月前――茉莉花は言葉通り、記憶も体もなくしていた。
だが、とあるあやかしに拾ってもらい、名前と姿を与えられて今がある。
そのときに意識が定まって、欠片ほど小さな記憶がひとつ、戻った。断片だが、一つの支えになっている。
恩人と、映画のワンシーンのような記憶だけが茉莉花を形作っていると言っても過言ではない。
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