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0.艶やかな妖狐
「――茉莉花」
男の、す、と細まった紫の瞳が茉莉花を捉える。
艶めく濡れた夜のような声。だが含まれたのは、咎めるのではなく、心配を滲ませた優しいものだ。
名前を呼ばれてぴんっと背筋を伸ばして、はい、と大きく返事をした。
心が嬉しくてほわほわと暖かくなるのを感じる。顔には出ないのだろうけれど。
「すみません、遅れました」
「確かに開店前までに、とは言ったが。こんな夜遅く歩くのを許した覚えはねぇぞ」
いくらここでも、女が一人で出歩くな。と唇に蠱惑的な笑みを乗せた男に茉莉花は「はい」と殊勝に頷いた。
「最近は、白い花を異様に求めるやつ、人攫い、強盗、色々物騒だからなぁ」
「ここは安全でしょう。花街ほど平和な場所はありません」
「だからって油断していい理由にはならないんだよ」
こつんと軽く小突かれたが、痛みはない。
「ほら、さっさと支度しな。芍薬が心配あまりに倒れたぞ」
「マジですか」
「当たり前だろう。芍薬はお前に死ぬほど甘いからな」
(それは貴方も大概ですけど)
恩人さまは何百年も生きるあやかしだ。茉莉花など赤子なのかもしれない。
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