1 緋色に煌めく

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1 緋色に煌めく

 思わぬ場所で思わぬ人に遭遇することがある。だから、世界は広いようで狭いのかもしれないけれど、それでも絶対に交わることのない領域があると思っていた。 「では、教育実習の先生方を紹介します。そちらから順に自己紹介を」  ただ、大勢の生徒が見つめる体育館で、絶対に手の届かないであろう人と同じ景色を共有している。彼がここに存在しているなんて信じられないけれど、あまり興奮したり舞い上がったりといった感情はない。さっきの職員朝礼と同様に、ただただ隣に立ちつくしているような状況……いや、単に空っぽなだけだろうか。  彼は一つ年下だし、ここが母校だという噂も聞いたことはない。大学4年生の今、出身高校での教育実習がスタートする自分にとっては、絶対に考えられないシチュエーション。画面の向こうにいるはずの人が不意に飛び出してくるなんて。 「初めまして、本城(ほんじょう) 一煌(いつき)と申します」  (よど)みなく明瞭な声が、マイクを通じて発せられる。心地よく反響する空間に包まれて、まるでコンサート会場にいるような錯覚に陥る。ただ、名前とセットのキャッチフレーズが出てくることはなく、魔法にかかりきれないような物足りなさを引きずっていた。 「今日から2週間、実習でお世話になります。  ……授業は、おもに1年生の『公共』を担当します」  正面を向いていても、視界の片隅に侵入する鮮やかな色。メンバーカラーでもある「赤」が、画面越しよりも煌めいている。今は教育実習生なのかもしれないけれど、そこにいるのはアイドルの彼でしかなかった。  そんな(まばゆ)さに導かれ、夢心地の感覚が強くなっていく。色んな科目の教員免許があるのに、まさかの公民科? 隣に立っているだけでも不思議なのに、それを畳みかけるような要素が降り積もっていく。アイドルとファンがこんな場所で巡り合い、こんなにも重なり合ってしまう世界線があっていいのだろうか。 「部活はサッカー部で、2年5組のホームルームにも入ります」  一煌くんの所属するグループ「Vernazul(ヴァーナズル)」。コンサート映像でのカラフルなペンライトを見れば、彼らを応援しているファン(=ヴァーナー)がたくさんいると分かる。世間一般の知名度はそこまで高くないのかもしれないけれど、グループやメンバーの名前を聞いたことがある人はきっといるはずだ。 「今日から2週間、よろしくお願いします」  ここにいる生徒たちは、彼の自己紹介をどんな思いで見つめているのだろう。ヴァーナーとしての偏った視点が含まれていそうだけど、密かに舞い上がっている人がいるかもしれない。世界は広いようで狭いことを知った今、この体育館でも一煌くん推しを見つけられそうな気がしていた。 「マイク、どうぞ」 「……あっ、す、すみません」  ただ、応援するファンどころか、応援しているアイドルが目の前に現れるのは想定外。届かない世界にいるはずの住人が思いがけない場所へ飛び出してくるなんて。多くのファンに対してではなく、僕だけに向けられた優しい(ささや)き声。アイドルって、こんな普通に話しかけてくれるものなのだろうか。 「……お、おはようございます。矢上(やがみ) 碧真(あおま)と申します」  いや、今の彼はアイドルではなく教育実習生だし、隣にいる僕もファンではなく教育実習生。あくまで同じ立場の人間……とは言え、一煌くんの後に自己紹介する日が来るなんて。 「……えっと、同じく公共の授業を担当します。  あとは、2年1組のホームルームにも参加します」  ステージから見える生徒が、まるでファンであるかのように錯覚してしまう。この後にパフォーマンスが始まりそうな流れだから、彼の歌やダンスを近くで見られるのだろうか。いや、僕もパフォーマンスする側? いつものように、推しのステージを楽しめる気配がない。  同じグループに所属しているような感覚がどんどん強くなっていく。さっきまでとは打って変わり、妄想が飛躍的に(はかど)っていく。何の曲を披露するのか分からないけれど、どの曲が来ても振り付けは完コピしているから大丈夫……って、そういう問題じゃない。 「……部活は吹奏楽部です。今日から2週間、よろしくお願いします」  色んな奇跡や偶然が折り重なって、こうして思いがけない人との出会いが訪れてしまった。決して望んでいたわけではないけれど、どこか浮かれてしまっているのは事実。やっぱり、静かに興奮したり舞い上がったりしているのかもしれない。その一方で何かが壊れてしまうような、崩れてしまうような……言葉にできない複雑な思いが渦巻いていた。
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