繊細なあなたと 13

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『最高気温は37℃に上る真夏日となるでしょう。皆さん水分補給を忘れないようにお過ごしください』 テレビから流れる天気予報によると今日は真夏日だそうだ。だが、今の私にはしょせん関係のないことだ。 なぜなら、もう夏休みに入ってしまったのだから。登校する必要のない私に天候など関係ない。エアコンのきいたリビングで、のんびりテレビをのんびり眺めていた。 傍から見ればなんとも優雅な生活。けれども今の私には少々苦痛に感じられる。 なぜなら、暇だからだ。 夏休みが始まって早3日、特にやることもなく日中に課題を終え、バイトから帰って来た由希ちゃんと夕飯の準備をする日々。 楽しいのは楽しいが、どこか単調で。特に由希ちゃんのいない日中に何をすればいいのか分からないのだ。 そんなことを考えていると、階段から誰かが下りて来る音がする。 「おはよー。琴子、起きるの早いね」 眠そうな目をこすり、ぽわぽわの金髪を手櫛で直しながら由希ちゃんが起きてきた。 「おはよー。なんか暇すぎて逆に早寝早起きになっちゃったんだよねー。今日は何時に帰ってくるの?」 「ん?今日は休みだよ」 え!?由希ちゃん休みなの!?じゃあ、一日を共にできるということじゃないか! 「ほんと!?やったー!今日何する?ゲームする?」 嬉しさのあまり私は早口でまくしたててしまった。でも、やっと一人で留守番から解放される。そう思うと気分はルンルンだった。 そんな私の様子に気圧されながらも、由希ちゃんはちょっと迷ったのち、決意したかのように口を開く。 「んー、琴子さ何日外出てない?」 「3日くらい?」 「………」 「………」 すこしの沈黙の後、気遣ったように由希ちゃんは口を開いた。 「私と散歩しない?」 散歩か―。“由希ちゃんとの散歩“は確かに楽しそうだが、今日はなんといっても真夏日なのだ。窓の外の景色を見やっても、さんさんと降り注ぐ太陽の明るさが、その暑さを物語っている。 「暑くない?」 そう言って外には出ない方向で持っていこうと思ったが、意外にも由希ちゃんは食い下がった。 「いやいや琴子!この太陽さんさんな日中に行くからこそ、良さげな場所見つけちゃったんだよ!」 「え~どこなのそれ~」 笑いながら渋っていると、由希ちゃんはさらに言葉を重ねた。 「ぜったい満足させて見せるから!ね、運動運動!!」 「そこまで言うなら」と私は引き下がり、二人で身支度し始めた。 「琴子~日焼け止め塗ったー?」 「いや~まだだけどー?」 「じゃあ、私の使おう!ちょっと強めのウォータープルーフのやつ!」 そう言って私にも良い香りのする日焼け止めをおすそ分けしてくれた。 その後、頭皮用のスプレータイプの日焼け止め(由希ちゃんの)をお互いに振りかけあって私たちは家を出た。 玄関のドアを開けた瞬間、むわっとした、湿度の高い熱気が身体中を襲う。 瞬時に身体が思い出した。これが夏だった、と。 「よし!行こう!」 由希ちゃんは少し大きめの日傘をさして、私も中に入れてくれた。 そのまま私たちは足並みをそろえて坂道を下っていった。通学路とは反対にある坂道。かれこれ私は14年この地に住んでいたとはいえ、こっち側は用事が無いのであまり立ち入ったことが無い。 「ほんとにこっちで合ってる?だいぶ森に入って来たけど」 「うん。もうちょいだから。」 20分ほど歩いただろうか。毛穴という毛穴から汗が噴き出している気がする。すぐそばの由希ちゃんを見上げると、白くて綺麗な彼女の首筋にも一筋の汗が流れていた。 由希ちゃんの汗は画になるな… なんて思っていると彼女が声をかけてくれた。 「着いたよ」 目線を前に戻すと、そこには、大きな川が広がっていた。川中にはごつごつとした大きな岩がところどころ点在しており、昔話に出てきそうな風景だった。 こんなところあったんだ 足元にも目を下ろすと、じゃりじゃりの砂利が敷き詰められていた。 私が呆気にとられていると、由希ちゃんが突然サンダルを脱ぎ、腕まくりをし始めた。 「琴子も!ズボンも捲らないと濡れちゃうよ!」 そう言うや否や、由希ちゃんは水辺へと走って言った。 え、入るの…? あっけにとられていると、もう足を水につけた由希ちゃんが振り返る。 「琴子!涼しいよ!はやくおいで~」 慌てて靴を脱いでズボンを捲り、由希ちゃんを追いかけた。 「こっちのほうが水がきれいだよ!」 そう言いながら由希ちゃんは、大きな岩を器用に伝い、ずんずんと奥へ進んでいく。 ほんとにこんな岩に立てるのかな? 目の前には、奇妙な形をしたごつごつの岩。その大きな図体とは裏腹に、足を置く場所が無いほど凹凸がすごいのだ。 これ失敗したら、つるっと滑って頭打って出血多量で死ぬんじゃ… そんなことを考えると足が笑い、私はその場にしゃがみこんでしまった。立っていることすら恐ろしくなったのだ。 「由希ちゃんむりーーーーー」 「だいじょうぶだって!立ってみて!」 「むーーーーりーーーー」 そんなやりとりを何ターンかした後、あまりに動かない私を心配したのか、由希ちゃんが戻ってきてくれた。 「もしかして琴子、川遊びしたことない?」 「海じゃなくて?」 「………………………………」 私の反応で察したのか、由希ちゃんはこちらに手を差し伸べてくれた 「はじめてだったらこの岩はちょっと難易度高かったね。捕まってくれれば引っ張るから。はい!」 私は立ち上がり、彼女の手に導かれ、引かれるままに川の奥へ到達していた。 恐る恐る岩に腰を下ろし、足だけ水につけた状態で由希ちゃんと並んで座った。 「ここ絶妙に水が冷たくて気持ちいいね。それに、ちょうど良く木が影になってくれるから、涼しく感じる。」 「そうなんだよね!しかもさ、すっごいマイナスイオン感じない?」 そう言って由希ちゃんは嬉しそうに自然の良さを語ってくれた。 そのまま二人で足をチャプチャプしていると、どちらともなく何でもない会話が繰り広げられていた。 「私てっきり田舎出身は皆、川遊びができるものだと思ってたよ~」 笑いながら由希ちゃんは弁解した。 「いや~してなかったな~。これが世代間ギャップかな」 「いやいやいやいや!そんな変わんないでしょ!」 そう言って全力で否定する由希ちゃんがあまりに必死だったから、私はどこか悪戯心が刺激されてしまった。 「7個差ってだいぶじゃない?由希ちゃん小学生の時、何して遊んでたの?」 「川遊びとか、公園で集まってゲーム通信したりとか…?」 「私たち、家でオンラインゲームだよ」 「!?」 由希ちゃんの大きな瞳が飛び出んばかりに見開かれる。 「公園で遊んだことないの!?!?」 「無いことはないけど、ゲームは各々の家でやってたかな~」 「絶句なんだけど!私の青春だったよ~ 当時好きだった子含む男女グループで鬼ごっこしてたりしたんだよね~」 初めて聞く由希ちゃんの恋愛話に興味が湧いた。 「その人とは関係発展しなかったの?」 「しないしない!学校生活それどころじゃなかったしね、主に友達関係で。」 そうだ由希ちゃんも私と同じように、狭い世界で戦っていた人だった。 そう考えるとこの話題から早く離れるべきだと思われて、私は焦って新たな話題を投下する。 「由希ちゃんって今、彼氏とかいるの?」 「え~それ聞いちゃう?」 彼女がおどけて誤魔化すので、さらに聞きたくなってしまう。 「いいじゃん教えてよ~!」 そう言って私が詰め寄ると、由希ちゃんは立ち上がって水に飛び立った。 「私のこと捕まえられたら教えてあげる!」 そう言って、彼女はずんずんと私から離れていった。 川遊び玄人な由希ちゃんに私が追いつけるはずがない。思い立った私は、手を水中に浸し、由希ちゃん目掛けて水しぶきを浴びせた。 驚き声をあげる由希ちゃんは、やったな!と言わんばかりに、私にお返しの水しぶきをかけてきた。 それから何分経ったのだろう。私たちは幼い子供のようにキャッキャと声をあげ、ずぶ濡れになるまで水遊びにふけっていたのだった。 あまりに長時間続けていたため、どちらかもともなく疲労感から音をあげ、水かけ合戦はお開きとなったのだった。 「お互いずぶ濡れだね(笑)」 「だね、早く帰らないと風邪ひくから急ごう!撤収!!」 私たちは、そそくさと帰路を急いだのだった。 ずぶぬれの服が日光の力で乾きかけたころ、私たちはやっとの思いで家に帰りついた。 いくら水遊びをしたあとでも、この猛暑の下は暑く、私たちは汗でべとべとになっていた。それに微妙に乾ききっていない衣服が張り付いて気持ち悪い。 そんなことを考えてながら玄関でうだうだしていると、由希ちゃんがある提案をしてくれた。 「このままだと風邪ひいちゃうから、二人でお風呂入らない?あ、ちゃんと嫌だったら嫌って言ってね」 由希ちゃんが嫌じゃないなら、と私は快諾し一緒にお風呂に入ることになった。 私は身体の泡を落とし終わった頃、リビングで待機する由希ちゃんに向かって呼びかけた。 すると、ガシャガシャという不思議な音を立てながら由希ちゃんがこちらへ向かってくる。 なんの音だろう。 そう不思議がっていると、風呂場のドアが開き、一糸まとわぬ由希ちゃんが姿を現した。 やはり由希ちゃんはスタイルが良すぎる。けれど、今回はそれ以上に。 彼女の持ち物が気になってしょうがなかった。 小さめの買い物かごのようなものに、たくさんのボトル形状の物が入れられている。 「それなにー?」 私が指さして尋ねると、由希ちゃんはキョトンとしていた。 「あれ?これ見たことない?私のお風呂セット」 そう言って彼女はその中身を紹介し始めてくれた。 「これとこれがシャンプーとコンディショナーで、すっごく香りが良くて!これが毛穴用洗顔でね!使ったらすっごいツルツル肌になるんだよ!クレンジングがp@:*‘<」 ノリに乗った由希ちゃんはそのままマシンガントークを披露してくれたのだった。 「由希ちゃんってこだわり強いんだね、意外と」 なんとなくそう呟くと、彼女らしい答えが返って来た。 「こだわりっていうか、大好きなものに囲まれてると自己肯定感が上がるんだよね~」 その言葉を聞いてやはり彼女らしいと感心した。 そして“お気に入り”にこだわってるから彼女は綺麗なんだな、なんて思いながら、由希ちゃんが顔や身体を洗っている間、私たちは、なんでもないおしゃべりをしていた。 由希ちゃんがあらから洗い終えたあと、私は半分のぼせかけていた。 「琴子もう上がったら?顔がゆでだこだよ~」 由希ちゃんはそう促すけど、私はまだ喋っていたかったので拒否していた。 そのまま湯船で強情ばっていると、彼女が提案をしてくれた。 「琴子も今日、私のシャンプー使ってみなよ。一回洗い終わってるけど」 思わぬ提案に胸が高鳴る。由希ちゃんが風呂場に登場した時から私はずっと、彼女のお風呂セットが気になっていたのだ。 「いいの!!」 私は勢いよく湯舟から上がり、るんるんで彼女のお風呂セットを覗き込んだ。 すべてのパッケージがキラキラしていて宝箱のようなそれを、物色しながらシャンプーを選び取る。 そしておしゃれなパッケージのポンプを押した。その瞬間、デパートにある百貨店通りのような、いい香りがフワッと香って来た。 「すっごい!いい匂い!!」 「そうなの!この匂いにたどり着くまでに1年かけたんだよ~」 一年…。やはり由希ちゃんのお気に入りへのこだわりはすごいなあ、と思いながらいつも通りに洗っていった。コンディショナーまで終え、洗い流していくと私は感動していた。 「めちゃめちゃサラッサラになってる!!」 もう手櫛でとかした時の手触りが違うのだ。 そう言って私が感動に浸っていると、由希ちゃんの布教センサーが刺激されたのか、彼女はさらにおすすめをしてくれた。 「ちょ、次琴子、この洗顔も使ってみて!これもね、使った瞬間に肌がもう違うんだよ」 私は彼女の言葉のままに顔を洗った。するとどうだろう。 「肌がもちもちー!!!」 その私の反応を見て得意げになった由希ちゃんは、結局すべてのお風呂セットたちを私に貸してくれたのだった。 私たちは大いにお風呂時間を楽しんだのち、二人で夕食の準備を始めていた。 今夜のメニューはデミグラスソースのオムライスだ。 ちょうど料理が完成した頃、両親が仕事から帰宅し、皆で食卓を囲むことになった。 久しぶりの家族4人がそろった食卓に、私の心は躍っていた。 今日の川遊びの話や、二人してずぶ濡れになった話を両親に話聞かせ、食卓は温かい雰囲気で包まれていた。 私自身そのときの楽しい感情が思い出され、大いにテンションが上がっていたのだった。 そんな中、そういえば、とお父さんが切り出す。 「そういえば、由希奈。今週の日曜日、予定空けられるか」 「んー。スケジュール確認しないと分からないから、後で確認しておくよ」 そう言って曖昧に答える由希ちゃんに、私は違和感を覚えた。というのも、 あれ、その日って由希ちゃんと一緒に水着を選びに行く候補日に入れてくれた日だよな。 それで結局、再来週に行くことになったから、きっと由希ちゃんのスケジュールは空いているはず。 由希ちゃん、忘れちゃったのかな。 そう思った私は、 「その日って水着選びの候補日だったはずだから、きっと空いてるよ!」 そう元気に言い放った。きっとそれまでのテンションの高さの助けを受けて。 「本当!よかったよ、じゃあ日曜日で決定だな」 意気揚々と予定を決定したお父さんの発言をした途端、隣からゴフッッと食事中とは思えぬ音が鳴った。 驚いて隣を見た私は、瞬時に悟ってしまった。 飲みかけの麦茶を噴き出してしまった由希ちゃんが、苦虫を嚙み潰したような顔で、こちらをジトォーーっと見ていたのだから。 あ、これ絶対またやらかしたわ。 続く
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