第一話・そういうものだ

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 夢の中は暗闇に覆われていて、目の前には水槽が置かれていた。その前面のアクリル板には小さな穴が空いている。  それは僕の水槽頭だった。中身は相変わらず空っぽだったが、乾いた底面の中心に小さな人影がうずくまっているのが見えた。 《あーあ、こんな穴空けちまってよ》人影が言う。というより、それは僕の内側から響いていた。その声は、飲み会の席で僕に水槽を割るようそそのかしてきた声にそっくりだった。《まあ、本当につらいのはおまえのほうか。なにせ尻の穴を勝手にほじくられるようなことをされたんだからな。まさに『両性の合意に基づかず』ってやつだ》  きみは誰だ? そう口にしようとしても声が出なかった。それでも、相手にこの考えが伝わったことがわかった。 《別に誰でもいいだろ。それより気をつけな。おまえはこれからも見ちまうからよ》  何を? 《色々さ。いいことも悪いことも。あ、俺の予想だと悪いことのほうが多いぜ。それも圧倒的に。量の問題じゃない。どうしてもそっちのほうが目につきやすいんだ》  相手の言葉を聞きながら、僕は不安よりも疑問を強く感じていた。水槽の中にいる人物の正体ではなく、どうしてそんな予言めいたことが口にできるのだろうという疑問を。  もっともこれについても、いまはそういうものだと受け入れるしかないのかもしれない。 《忠告はしたぞ。じゃあな、気が向いたらまた会おうや》  待って。きみの名前を教えてくれないか? 僕は頭の中でそう訊ねた。降って湧いたような問いではあったが、なぜか重要な問いのようにも思えた。 《好きに呼んでくれていいんだが。そうだな、ミー……いや、メメにしとくか。それならあいつらとの区別もつくしな》  あいつらって? 《ほかのメメどもさ。俺たちの世界じゃ、長く生き続けることっていうのは重要なんだ。おまえらも昔はそうだったんだろうが……さあ、これ以上の質問はなしでいこうや。そろそろ起きろよ》
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