二人の関係

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健児はそれがとても気になったので、夏休みが開けた学校初日に、池上優子に声をかけた。 「あのー、池上さん。」 「何、佐々木君。」 「夏休みの時にさぁ、泣いていた?」 「いや、違ったならいいんだ」と頭をかきながら、照れくさそうに健児が話しかけた。 「すると、うん、ごめん、ちょっとだけ泣いていたかも」と池上優子が答えた。 「あぁ、ごめんね、そこまで怖がらせるつもりはなかったんだ。」 「本当にごめん。」 健児は池上優子に頭を深く下げていた。 「佐々木君そうじゃないの、えっとね。」 池上優子は何かを考えているようだったが、健児は女の子を泣かしてしまった罪悪感でまともに彼女の顔を見る事が出来ずにいた。 それを理解していた池上優子は、「これは誰にも言っていないんだけど」と前置きをした上で話を続けた。 それを聞いた健児は直立不動になった体勢で「はい」と答えた。 優子は真剣な顔つきで、口を真一文字にしている健児を見て、少し笑いかけたがこらえて話し始めた。 「あのね、怖かったんじゃないの、あの話の女の子って私なの。」 それ聞いて健児は「はい、ごめんなさい、僕が悪かったです」と言い切る前に、頭をたれて、目をつぶっていたが、ゆっくりと頭を上げ、それと同時に瞼もゆっくりと開いた。 そこには笑いを堪え切れなくなって、お腹と口元を抑えて笑う、池上優子の姿があった。 「えっ、いま、何て言ったの?」 健児はまだ、自分のせいで池上優子が泣いたと思いこんでいて、事態を理解しきれない様子だった。 その様は、池上優子にとって佐々木健児という人間を決定づけた瞬間でもあった。 この時から二人はどちらからともなく挨拶し始め、休み時間には一緒にいる事が増えていった。 佐々木健児は後で、あの女の子が池上優子であること。 池上優子には霊能力があること。 代々、巫女の家系であること。 そして涙の訳は、幼い女の子の話を信じてくれた、あのおじさんが話してくれた、同い年の男の子が健児であった事。 その、健児のお父さんが癌で亡くなっていた事に、そして数少ない大人の理解者であった、健児の父親の死に対するものだったと分かった。 そして、そんな健児が警察官を目指していた話は、人づてに聞いていたので嬉しくもあった。 そんな涙だったのだ。 それから二人は付き合い始め、卒業してもその関係は穏やかに過ぎていた。 刑事を目指す健児と、それを応援する優子。 健児も交番勤務から刑事課に配属され、仕事も慣れてきた時、ある殺人事件が起きた。 捜査は難航し、いたずらに月日が流れたが、この事件解決を機に健児は優子にプロポーズするつもりだった。 だが捜査の糸口が見つからず、捜査陣にも焦りが出ててきた時、健児は優子に相談した。 捜査情報は例え優子でも話せなかったが、世間に出回っている情報を精査して、健児が怪しいと思う人物の顔写真だけ見せて霊視をおこなって貰った。 優子は快く相談に答えてくれた。 優子には写真の中に女性の霊がついている、一枚の写真を健児に渡した。 新聞などで殺害された女性の特徴は報道されていたので、その情報と一致していた事、女性が刃物で腹部を数回刺され、最後に胸を刺されている事、そして現場から現金や、宝石を持ち去った事を健児に告げた。 そしてこの男性は玄関からいきなり入り込んで、女性の知らない男性であるとも優子は指摘した。 優子に捜査情報は言えなかったが、全て健児の考えと合っていた。 写真の男には前科があり、一ヶ月前に福岡に帰ってきたばかりであった。 前の犯罪は強盗傷害であった。 まだこの頃のDNA鑑定は精度が低く、地道な証拠集めと、犯人の自白が主な決め手だったので、犯人を絞り込む事が出来ずにいた。 それでも健児の捜査では5人ほどに絞り込めていたので、何か証拠になるものが欲しかったが、それがまだ何処からも出てきていないために、捜査は難航していた。 優子の霊能力を知っている健児は、捜査本部長に対して、写真の男を追求するべきと何度も進言していたが、捜査本部は元恋人のAとBに絞り込んで自白に頼る捜査をおこなっていた。 最後まで、その捜査方針は覆ることはなかったが、捜査方針に異を唱えた健児は捜査本部を外され、事件解決前に移動を命じられた。 自質的な左遷である。 日に、写真の男性の磐田龍二、27歳は、別の強盗事件で捕まり、過去の強盗殺人も自供し、事件は解決した。 しかし、健児がそれを知ったのは左遷を機に、警察を依願退職して、探偵業を始めた頃に知る事となった。
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