自宅調査

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自宅調査

国体道路交差点出口を出ると、健児は手にしていた手下げの紙袋から、大きめのビニールジャンパーを取り出して歩きながらスーツの上から着込んだ。 次に鍔のついた帽子を少し深めに被って、地図帳を広げそれを確認しながら浦田愛子の自宅へ向かった。 「優子、入口とポスト付近はいつの通りに頼む。」 「念の為に、玄関先には俺が向かう。」 「入口に呼び鈴がある場合は、そっちも頼む。」 「後、管理人がいる場合は、優子に聞き込みを任せる。」 それを聞いた優子は「任せて」と答えた。 ただ珍しくい事に優子が健児に対していつもの行動と違う事を追加してきた。 「一通り終えたら、まずは外から建物を霊視するわ。」 健児はそれに一瞬反応したが、聞き流して歩き続けた。 さらに優子は、出来れば愛子の玄関先に行ってみたいと健児に告げた。 理由は聞かなくても、それは優子の霊視と何か関係がある事だと健児には理解出来ていた。 だから健児は理由も聞かずに「分かった」とだけ答えた。 浦田愛子の自宅マンションはワンルームタイプであったため、管理人は常駐していないのは幸いだった。 しかし、入口はオートロックになっていたため、普通なら中からしか解錠出来なかった。 マンション入り口にあるインターホンは部屋番号を入力するタイプだったので、優子が部屋番号を入力して、呼び鈴を鳴らすが応答はなかった。 その間、健児はマンション入り口に再度出て、辺りを見回していた。 健児が気にしているのは防犯カメラの有無だ。 稀に防犯カメラを設置しているマンションなどがあるが、このマンションのセキュリテーはそこまで高くはないようだ。 周辺を見渡してみると、外部から侵入可能な箇所もいくつか見受けられた。 これではオートロックの意味はほとんど無いに等しい状況だった。 外壁から中に入れないことはなかったが、それも健児には必要なかった。 この手のマンションには多かれ少なかれ、チラシを処分するゴミ箱が置かれたりしている。 大体のチラシは本人に関係のない、無作為に投函されたチラシばかりなので、床に落ちている事もよく見かける光景でもあった。 そのため、本来は違法行為なのだが、それらを使って、オートロックの弱点を突き、難なくマンション内に健児が入り込んだ。 健児と優子はそこで一旦別れ、健児はマンションの最上階にエレベターで上がって行き、優子はカバンから密教法具の三鈷杵を取り出し、それを片手に持ちマンション周辺をゆっくりと歩き始めた。 優子は三鈷杵を普段は護身用として持っているが、前日に護摩行を行っていた。 護摩行は不動明王との交流を目的とした行事であり、不動明王は大日如来の姿であり、大いなる如来であることから、不動明王と一体化するためには様々な法具や供物、そして儀式が必要である。 優子はその力を借りるため、今回は前日に護摩行を行っている。 それは自分を守るためでもあり、悪神や鬼など悪しき物を滅ぼす象徴としての武器でもあった。 優子の家系は本来、神道系であるが、優子自身はそれにとらわれる事なく、自身が良いと感じたものは取り入れ、それらを活用していた。 八百万の神とは、日本で古くから存在する神道において、祀られている神のことである。 古代から日本ではあらゆる現象や、太陽から月、風、家の中の便所まで世の中に存在するすべての物に神が宿っていると考え、そうした無数の神々を「八百万の神」として崇める風習があった。 それゆえに宗教という壁をいとも簡単に飛び越える事が出来たのである。 商売や、病気改善といったことなら、地元の氏神様が祀られている神社に参拝をするのだが、優子は浦田愛子の魂との交信を試みていたのである。 しかし、どうしてもあの時に感じた邪悪な波動を、見過ごすことは出来ないので、それと対峙する事も考えての行動でもあった。 しかし、このマンションから優子の波動や思念といったものが一切感じられない。 それは魂がここではない、何処にあることを意味していた。 だが今はその理由を優子が知る術はなった。
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