自宅調査

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一方、健児はエレベータを降りて、最上階の9階通路に出て901号室から順番にゆっくりと歩いていた。 この手のマンションは最上階が人気があるし、女性で1階を好む人は少ないが、必ずしも日当たりが良いとは限らない。 この通路からは優子が居るであろう位置は全く見えない。 部屋番号は分かっていたが、住人の有無を確認する目的で、901号室から流していた。 住人が居るかも知れない部屋と、そうでない部屋を判別して、電気メータを確認するためでもある。 3月ということもあり、何かしら暖房器具を使っていれば、電気メータはしっかり回るものだし、電気をほとんど使っていなければ、ゆっくりとメータは動くものだ。 またこの様なワンルームは大体エアコンが完備してあるタイプが多いい。 他にはオール電化のマンションもあるので、その場合は給湯設備が外に取り付けてある。 それでお湯を沸かすシステムが最近増えてきている。 また、浴槽を使っていれば、それなりに、匂いや湯気で空気が暖かく感じたりもする。 浴槽を使用している人間はいないようだが、数部屋の電気メータはしっかり回っていた。 おそらくクーラーを使用しているのであろう。 そして最後に、浦田愛子の自宅909号室の電気メータを確認したが、ほとんど動いていない位にゆっくりと回っていた。 それでも、玄関の呼び鈴を鳴らしドアをノックした。 「浦田さん、浦田さん。」 そして、「コンコンコン」と部屋をノックして「池上優子さんからのお届け物です」と繰り返してみた。 やはり応答がない。 健児は、腕時計の時刻を確かめ、24時間表記で現時刻を書き込み、この時間に居たと思われる部屋番号も記入した。 愛子の部屋の真横なら。なにか理由を付け訪ねても良かったが、そうでないのなら、愛子の異変に気づくのは無理であると判断した。 また逆に、そこまで何かしらの騒ぎになっていたら、福岡市中央区管轄の天神警察署に通報があってもおかしくはない。 そこで健児は念の為にドアの上部の隙間に、メモ帳から破った紙を差し込んだ。 万が一、ここから人の出入りがあれば、この紙は下に落ちる事になる。 それを終えると健児は、天神署ならツテがあるので、早々に1階に居るであろう優子の元に向かった。 1階に降りるとオートロックの扉を開け、その状態を維持したまま優子の名前を呼ぶ健児。 すると、「今、行きます」と優子から返事が返ってきた。 入れ替わるように今度は健児が外に出て、909号室のポスト投函口を開けて中を覗くと、1,2枚だけチラシが入っていた。 正確な投函日は分からなかったが、他のポストにも同じチラシが刺さっていた。 状況から、昨日から今日にかけて投函されたものだと考えた健児は、ポストからはみ出している同じチラシを紙袋に入れ、優子の元に戻り再び909号室に向かった。 「結果がどうであれ、警察に動いてもらう。」 「これが終わったら実家に向かう。」と健児は少し厳しい口調で優子に語りかけた。 今考えられる、最悪な状況であることは優子も理解していたので「うん」とだけ返事をした。 優子は右手に三鈷杵を持ったままエレベータを降りて健児の案内で909号室に向かった。 三鈷杵は密教法具の金剛杵と総称されるものの一種。 金剛杵とは、修法の時に、これを持つことによって心中の煩悩を破り、本有仏性の姿を明らかにするもので、中央に握りの把、両端に突起の鈷をつくるものを指す。 もとはインドの武器が祖形であるといわれているものである。 玄関の前に来た優子は小声で何かを唱え始めた、健児にはそれが何かわ分からなかったが、健児に出来ることはそれを見守る事だけであった。 時間にしたら、3分位だろうか、言葉を止めると優子は大きく息を吐いた。 それと同時に顔がうつむいてしまった。 それを見た健児は「優子」と声をかけた。 すると優子は顔を上げ「ここに愛子の魂は感じられなかったわ」と健児に告げた。 「じゃ次に行こ」そう健児は優子に告げ、二人は天神の地下駐車場に歩き始めた。
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