浦田愛子の実家

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このような過去があるので、池上優子は浦田幸子を説得する自信があった。 昨日、夢枕に浦田愛子が現れ助けを求めたと浦田幸子に説明する池上優子。 そのことが気になり、先程職場に行ったが無断欠勤であったので、浦田愛子の自宅に行くも応答がなく、ここまで訪ねて来たと簡潔に話をした。 そしてここに来たが愛子もいないし、母親である幸子も浦田愛子の事情が分からない。 しかし、赤の他人が勝手に浦田愛子の部屋に入ることはできないし、今の段階では警察も取り合ってくれない。 そこで池上優子は佐々木健児を改めて紹介した。 健児が以前、誘拐未遂事件の際に事情聴取を行った刑事の息子であることを告げると、浦田幸子は驚いた様子だった。 一呼吸ついた浦田幸子は「じゃあ、この方も刑事さん」と愛子に尋ねると、健児自らが自身についての説明をした。 それでも刑事をやっていた経験から、浦田幸子が何らかの事件や事故に巻き込まれている可能性を示唆した。 例えば、交通事故で意識不明の場合、身元の確認ができないと病院も警察に連絡するしか手立てがないなどである。 その可能性もあるので、幸子に行方不明の届出を出して欲しいと促した。 日本の警察に行方不明者の届出をする場合は、行方不明者が行方不明になった住所地や直前まで居住していた住所を管轄する警察署に連絡するのが一般的である。 浦田愛子の自宅の管轄は天神署になるので、そこは健児の元勤務先でもあった。 そこにいる元上司に頼めば直ぐに動いてもらえると幸子の背中を後押しした。 池上優子がこれほど娘の愛子を心配していることから、ただならぬ事態であると幸子は察しがついた。 なので優子と健児の話が終わると「分かりました」と返事を返し、健児の指示に素直に従った。 幸子は健児から確認された愛子のマンションの合鍵を持っていたので、マンションの合鍵を取りに別の部屋に急いで向かった。 その間に健児は浦田幸子の自宅電話を借りて天神署の刑事一課に直で電話していた。 刑事一課は犯罪現場の初動捜査や誘拐事件が発生すると、速やかに初動捜査を開始し、事件の状況や背景情報を収集する部署である。 もちろん殺人、強盗、放火、暴行、傷害などの暴力犯罪にも対応しているし、行方不明者の届出にも対応している。 健児はその刑事一課に以前配属されていたのである。 これは亡くなった父親も同じであった。 そこには恩師とも言える刑事のいろはを教えてくれた鈴木茂雄が今も現役で勤務にあたっていた。 その鈴木茂雄に直接連絡を取ることで、初動捜査を早めるのが健児の狙いでもあった。 健児は「スーさんですか、俺です、健児です」と電話に出た声で相手が鈴木茂雄だと直ぐに分かった。 スーさんとは鈴木茂雄の通称で、刑事課の誰もが彼をそう呼んでいた。 健児と鈴木茂雄は刑事時代は上司と部下であったが、息子のように健児を可愛がってもいた。 健児が警察を辞めても表向きは「S」として付き合っていた。 「S」とはスパイの頭文字Sを意味していて、情報屋とも呼ばれていた。 ただ健児が何かしらの情報を得た場合、鈴木茂雄に情報を流していたことは事実であるが、実は鈴木茂雄が健児の力を頼っていたというほうが正しい表現である。 その健児から誘拐か殺人の可能性を示唆する電話が入ってきたので、一も二もなく了解し部下に指示を出した。 それができたのは、彼が刑事課長であり階級も警部であったからだ。 鈴木茂雄がこのような指示を出した時は、何かしらの事件であることは刑事一課全員が理解できていた。 後付で副所長、警察署長に書類を持って行き、承認の印をもらい準備は整った。 警察署長は東大出身者ばかりのキャリア官僚で、実働隊を動かしているのは鈴木茂雄のような刑事課長であることが多かった。 遅かれ早かれ数年で移動になるのがキャリア組なので、現場に口は挟まないことなかれ主義が多かった。
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