天神署

1/3
前へ
/62ページ
次へ

天神署

駐車場に車を止め、ドアを開き、健児を先頭に優子と幸子が後を追う。 走っている訳では無いが、のんびりと歩いている訳でもない。 健児の視線は前方に固定され、呼吸は浅く速い。 革靴が床に響く音が「カッ、カッ」と、まるで緊張の糸を張り詰めるようだった。 階段に差し掛かると、一度後ろを振り返り二人がついてきているかを確認した。 そして再び靴音が段を打ち、その音が焦燥感を一層高めていく。 階段を登り刑事一課まで行くと健児は「すいません」と声を挙げた。 健児がここを辞めてから幾人かの移動があったのだろう、初めて見る男性が振り向き健児の元に近づいてきた。 「鈴木茂雄さんはいらしゃいますか?」と健児が尋ねると男性は後ろを振り向き「スーさん」と声を挙げた。 それに気付いた鈴木茂雄は「おう」と手を挙げ席を立ち健児の方に歩き出した。 それを見て男性は一礼をしてその場を離れた。 また健児もそれに答えて一礼を返していた。 電話で大まかな事情を聞いていた鈴木茂雄は挨拶もそこそこに「どちらさんがご家族かな?」と後ろの二人を見て健児に訪ねた。 そこで健児は「こちらが親族で母親の浦田幸子さんで、こちらが友人の池上優子さんです」と紹介した。 すると鈴木茂雄は「山田、行方不明者届を受理しとけ。そして石田、お前はこちらのお嬢さんから事情を聞いとけ」と指示を出し「健児は俺と別室だ」と廊下を指さした。 優子と幸子は一課で話をする様だが健児には取り調べ室を使うようだった。 それに気付いた一人の刑事が席を立って鈴木に同行しようとしたが、それに気付いた鈴木がその男性を静止した。 「あぁ、こいつは俺の知り合いでちょっと話をするだけだけだから調書は取らなくていい」と説明をして鈴木と健児は取調室に向かった。 その間、刑事一課の中に知った顔もいたので軽く会釈をして健児は鈴木の後について行った。 取調室の照明の下、鈴木茂雄が椅子に腰を落ち着けた。 彼の髪は所々白髪が混じり、深い皺が刻まれた顔には長年の経験と疲れが滲み出ている。 無言のまま、彼はポケットに手を伸ばし、お馴染みのセブンスターのパッケージを取り出す。 彼の動きはゆっくりであったが熟練した動きでもあった。 指先でタバコを一本引き抜き、唇に挟む。 もう一方の手が胸ポケットから重厚なジッポライターを取り出し、独特の金属音を「カチィン」と響かせながら蓋を開ける。 彼の目が一瞬、ライターの炎の中に映る。 「シュッ」と音を立ててライターが点火され、青白い炎がタバコの先端を照らす。 彼はタバコを軽く回転させながら、ゆっくりと火を付けた。 深く吸い込むと、煙が彼の肺に広がり、彼は目を閉じたまま一瞬の安堵を感じた。 数秒後、彼はゆっくりと目を開け、細く長い煙を吐き出す。 煙は取調室の空気と混ざり合い、部屋全体に薄い霞のように広がっていく。 顔には、これまでの数え切れない取り調べを物語るような、どこか冷徹な表情が浮かんでいた。 彼は再びタバコを吸い込み、静かに、しかし鋭く目の前の健児を見据えた。 「さて、話を始めようか」と、低く渋い声で言った。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加