浦田愛子の自宅

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浦田愛子の自宅

鑑識班は通常、玄関先でビニール靴袋を靴着用して部屋に入る。 鑑識が靴を脱ぐことはない。 鑑識の靴は以外だが安全靴であり靴底の形状も滑りにくいものである。 現場によっては足場が悪く滑りやすい場所でも鑑識を行うためである。 しかし今回は9階の通路を含めて事件現場の可能性があったので、エレベータの中でビニール靴袋を着用していた。 しかし、血痕はおろか破損した箇所さえもないので、自宅内を優先的に鑑識する事になった。 そこで玄関を開け中に入っていつもより1枚多く重ねたビニール靴袋を取り除き、靴のまま中に入っていた。 その間、鈴木を含めた刑事は9階の各部屋を訪ねていた。 「ピンポン」とチャイムを鳴らしてドアを叩く。 「コンコンコン」とリズムよくドアを叩き、「警察の者です」と各自が1部屋ずつ聞き込みを始めていた。 操作手順通りなら二人一組が原則だが、効率を考えればこの方が効率的であるし、緊急時にも対処可能な位置か関係でもあった。 鈴木は決して捜査手順を軽んじてる訳では無い。 現場判断も重要だと考えているからこの様な捜査も行っている。 「マニュアル通りに事件が解決するなら世話ないわ」。 これは鈴木の捜査に対する基本的な考えでもあった。 しかし部屋から出て応対した人物はとなりの住人が誰かも知らない、現代の若者らしい人物ばかりであった。 一人だけ女性が出てきたが、出勤前なので長くは話せないからと、刑事に前置きをして応対していた。 「私もよくは知らないけどさぁ、ここの階は私ともう一人しか女性はいないんじゃない」と答え、「その方は浦田愛子さんですか」と刑事が尋ねるが、「名前まではちょっと」と答えたので浦田幸子が事前に用意して持ってきた、古い写真を見せた。 女性は目が悪いのか、写真を刑事から取り上げ、近距離でその写真を直視した。 そして「あぁ多分この人です」と女は答えた。 写真を返すと女は「もういいですか」と言って化粧をしたいと刑事に告げた。 どうやら女性は中洲で働く人間のようで、身支度の最中の様であった。 彼女からはかすかに風呂上がりの甘い香りが漂っていた。 「すいません後一つ確認させて下さい」と刑事が言うので「なに?」と女は答えた。 「彼女を見た最後の日はいつですか」と言われたので「あれは確か先週の木曜日の出勤前だったから6時は過ぎていたと思うは」と彼女はしっかりと答えてくれた。 この辺りのゴミ出し日は月曜と木曜日がゴミ出し日になっていた。 福岡市は夜間集配なので朝から集配時間の深夜までに出せばいいシステムになっていた。 それで彼女は月曜と木曜日の出勤時にゴミ出しをしていた。 毎週会うわけではなかったが、過去に同じ階まで、エレーベータに乗り合わせたことがあったのこともあり、浦田愛子の顔を覚えていたのだ。 刑事は捜査協力に感謝しつつ名刺を渡し、再度尋ねる旨を伝え女性の部屋を後にした。 現時点ではこれが唯一の手がかりであったが、鑑識の状況次第では各階の聞き込みも必要となる。 ただこの時点で鑑識が報告に来ないのはそこに浦田愛子に関する事件性がないことを意味していた。 鈴木は健児が取調室で話していた、美容室を出た足取りがやはり事件に関わっていると考え、鑑識が行われている浦田愛子の部屋へと向かった。 その間に残った刑事は各階の聞き込みに回っていた。 鈴木が浦田愛子の部屋に入ると指紋採取がいたるところで行われていた。 鑑識によれば争った形跡は見られず、物色された後もなかった。 土足で部屋に上がり込んだ形跡もない。 ただ指紋に関しては、浦田愛子以外の指紋も複数あったが、それ自体が事件と結ぶ付くかはこれからの捜査次第であった。 警察庁では、1982年から被疑者から採取した指紋をデータベースに登録し、犯罪現場等から採取した指紋と自動照合し、容疑者を割り出す指紋自動識別システムを導入していた。 ここにある指紋がそれと照合すれば犯人割り出しの糸口になるが、そうでなければ、浦田愛子の足取りを追い事件との関連性を示さなければならなかった。 鈴木茂雄と佐々木健児だけの関係なら、今のままでも捜査を続けられるが、このままではただの家出人として処理するしかなくなる。 ここが事件現場でないとすれば、どうしても美容室から足取りを追わざる得なかった。 そちらには別の捜査員を派遣していたので、鑑識は鑑識班に、聞き込みは残る3人の捜査員に任せ、鈴木はタクシーに乗り天神署に戻った。
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