相互補完

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考えがまとまった健児は優子と席を変わり、今度は幸子に5年前の旅行について訪ねた。 ただ旅行の話というよりは母親と娘の結婚観についての質問が主な内容で、旅行そのものは今の健児には話すきっかけ程度のものだった。 「愛子さんは優子の話によれば大変お母さんを気遣っていて、本当なら今年か来年あたりに自分の店を出す様な話をしていたようですが、お母さんは何か聞いていませんでしたか?」と健児が訪ねた。 少し考え込んでいる様子の幸子であったが、その様子に健児が直ぐに助け舟を出した。 「お母さん、別に5年前でなくてもいいんですよ」。 「例えば最近どんな話をしたでもいいんです」。 「思い出せるところからでいいので何でもおっしゃってみて下さい」と健児は優しく語りかけた。 その表情を見て幸子の緊張は少し緩んだようだ。 それから幸子は「えー」と声を出し何かを思い出していた。 「そう言えば今年のお正月は家に帰ってこなかったんです」と幸子が話し始めた。 5年前が優子との旅行だったので今年もそうかと思って「優子さんとどこか行くの?」と聞いたら違う人だって言っていましたと幸子はゆっくり記憶を辿っていた。 幸子によれば愛子はある人物と旅行に行く約束をしていて2泊3日かけてのドライブ旅行をすると話していた。 相手を聞くと幸子の知らない人物なのでいつかきちんと紹介するからと愛子は詳しくは話さなかった。 子供の頃から愛子がその様な返答をすることは今までなかったが、愛子の口ぶりから楽しみにしていたことは察しがついた。 思い過ごそかも知れないが相手が男性であると幸子は思っていた。 それをどう説明すればいいかは分からないが、親子だから分かる子供の癖の様なものであった。 例えば親にプレゼントを渡す時、愛子はそれを知られないようにするタイプの子でありながら、意味のない隠し事はしない子供であった。 いつ誰とどこで会う。 誰とどこで何をした。 愛子は子供の頃からきちんと親に報告するタイプであった。 そんな愛子が相手を正直に言わないのだから、母親だから直感で分かってしまったのだ。 おそらく男性であると。 愛子の年を考えると、たとえそうであっても、引き止める理由にはならない。 むしろ喜ばしい事だと幸子は考えていた。 そこで幸子はある話を思い出していた。 いつだったかは記憶にないが店の出店の為に一度実家に帰ると今年の1月末辺りに電話があった事を思い出した。 それを聞いた健児は「実家に戻る予定日は話していましたか?」と訪ねた。 すると幸子は「たしか、あれですよ、年末じゃなくてあれです」と言葉が出てこない様子を見た健児は「年度末ではないですか」と幸子に言葉を投げかけた。 すると「そう、それです」と幸子のモヤモヤは一気に解決した。 「年度末って言われて、私は何のことか全然分からないから愛子に何月なのって聞き直したんです」と幸子は健児に語った。 「そしたら3月末だけど、卒業式や入学式で忙しいから4月の中頃かなって言っていました」と幸子は思い出したように語った。 つまり今年は独立をする予定の年で、その新年に旅行に行く男性がいた可能性が高い。 その上4月中旬に実家に帰る報告を事前にしている。 その時に何かを母親に報告か相談するつもりだった。 しかしそれを前に彼女は行方不明になった。 金銭面を考えれば彼女にも貯蓄はあるが、おそらく手はつけられていないだろうし、母親の場合は現金ではなく不動産なので、金銭に変えるとなると時間がかかる。 誘拐ならそれくらいの下調べをしていてもおかしくないし、娘を拐うより実家に押し入った方が早いと考えるのではないだろうか。 だとすれば浦田幸子の関係者ではなく、浦田愛子の関係者の可能性が高い。 もちろん、場当たり的な犯行も捨てきれないが、天神の街中で人拐いとなると不可能では無いがリスクが高すぎる。 しかも相手は成人女性だ。 時間もおそらく深夜前だとすれば、年密な計画が必要で人数も必要になるはずだ。 「そこまでリスクを犯す必要があるのだろうか?」 そこから導き出され、これは誘拐などでは無いという仮説に辿り着いた。 それでいて浦田愛子の金の流れは警察が追うだろうし、身代金の要求も来ないだろう。 健児はこの後の流れをまるで知り尽くしているかのように警察の動きも考えていた。 そこまで冷静に考えをまとめ上げていた健児であったが一つ気になるワードがあった。 「年度末・・・」。 健児はそこに何かを感じていた。 母親は年度末を知らない。 幸子は結婚をして以降家事以外は亡き夫の手伝いしかしていない。 そもそも年度末を考える必要も無い。 ではそれが、企業や美容院だとしたら物事の始まりと終わりを意味するはずだ。 定年や新入社員、人の入れ替わりが起こる。 美容室だとその時期が稼ぎ時となる。 確かに新しい糸口ではあったが、それと失踪や誘拐がどう結びつくのか整理できずにいた健児だが、新年の旅行、年度末以降の実家の帰省、独立の予定、これら全てはまだ、ただの点にすぎないが、必ず関連性があるはずだと健児は今後の捜査の方向性を見出していた。 しかしそれはもう愛子が殺害されている可能性が高い事を示唆するものであり、それを母親である幸子に告げることは出来なかった。
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