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優子が美容室に入って一時間が過ぎるまでの間、ビルのエレベーターからは仕事終わりと思われる人間が、エレベーターから降りて来る一方で、ビルのエレベーターを使い、上の階に登る人間は一人もいなかった。
平日だからなのか、それとも時間が原因なのか分からないが、この分だと美容室には閉店まで誰も来ないのでは思っていた。
健児の時計では、そろそろ20時まで数十分と確認していた時、細身で割と背の高い、若い男性性がラフな格好でビルのエレベーター前に立ち、エレベーターのボタンを押した。
その男性は、まるで雑誌から飛び出したかのような洗練されたスタイルで歩いていた。
彼のファッションは、当時の最先端を行くアイテムを見事に組み合わせたものだった。
首元には、ヴィヴィアン・ウエストウッドの特徴的なオーブペンダントが輝き、彼のスタイルに個性とエッジを加えている。
ヴィヴィアンのアイテムは、その独特なデザインが彼のシャープな顔立ちと相まって、彼をまるで映画のワンシーンのように際立たせていた。
インナーには、キース・ヘリングのアートがプリントされたアニエス・ベーのTシャツを合わせ、その上からはラコステの上品なウールのカーディガンを羽織る。
絶妙なバランスでストリートとクラシックを融合させたそのスタイルは、都会的でありながら、どこか暖かみを感じさせるものであった。
カーディガンの上から羽織ったトミー・ヒルフィガーのオーバーサイズのコートが、彼のシルエットを引き締めつつ、どこか余裕を感じさせた。
パンツはリーバイスの501、定番ながらもシルエットの美しさが際立ち、彼の長い脚を一層引き立てている。
足元にはアディダスのスーパースターを合わせ、シンプルな中にも確固たるスタイルを感じさせる。
スーパースターの白いラインが、彼の足元を軽やかに彩り、歩くたびに静かなリズムを刻んでいた。
アクセサリーには、ゲスの時計をチョイス。
大きめのフェイスが彼の細い手首にしっかりとフィットし、時間を見るたびにその存在感を放つ。
彼の全体のコーディネートは、90年代の日本男性ファッション雑誌に登場するモデルのように、洗練されつつも、どこか挑戦的でありながらも抜け感があり、二枚目という言葉がまさに当てはまる。
ステューシーのキャップを少し斜めに被り、その下から覗くハンサムな顔が、行き交う人々の視線を惹きつけていて、振り返る女子がいるほどだった。
彼のスタイルは、当時の東京のトレンドを完璧に取り入れつつも、彼自身の個性を見事に表現していた。
そんな男性が健児が張り込んでいビルにやって来たのである。
目につかない方がおかしいくらいだった。
エレベータを待つ間、男は時計を確認しているので、待ち合わせなのかも知れないが、いままでここにいて見かけたサラリーマン達とは、明らかに毛色が違った。
エレベータが到着して「チン」と音を鳴らし扉が開いた。
そこには誰も乗っておらず、その男はゆうゆうとエレベーターに乗り込んだ。
エレべーターの扉が閉まるのを見て健児は、そこで始めてエレベーターに近づき、表示される数字を見上げながらどこで止まるか確認した。
エレベーターの数字はあっさり2階に止まると、それ以上動くことはなかった。
まだ営業時間とはいえ、閉店間際の飛び込み客なのかと思った健児は、自分とのギャップを感じていた。
福岡市民とは思えないほど洗練され、美容室を躊躇なく利用するような男性を初めて見たからだ。
東京では男でも美容室を利用していると優子に聞いたことがあったが、福岡でそれを目の当たりにするとは思ってもいなかった。
自分と住む世界が人間を見た気がして、なんとも言えないず、気分が落ち込んだが、ビルの表に出て2階を見上げると美容室の電気はまだ点いていた。
時計を見て、後15分で閉店時間だと確認した健児は、その瞬間に気持ちは切り替わり、何事もなく優子がエレベーターを出て来るのを待った。
そこから健児は、エレベーターのみに注意を注ぎ優子を待った。
しばらくすると、エレベーターが動き出したので少し隠れるよにして、ビルの入口から離れると、優子一人が下を向き、口を抑える様な格好でエレベーターから出て来た。
それを見た健児は慌てて、優子の名を呼びながら駆け寄った。
その時の優子はかなり青ざめた顔をして苦痛に耐えている様子だったので、健児は美容室で何か飲食物を取ったか確認したが、優子は首を横に振った。
「大丈夫か優子」と再度健児が声をかけると優子は「実家に連れて行って」とか細い声を振り絞った。
呼吸は途切れ途切れに荒く、肩で息をしている優子を支え、表通りに出てすぐさまタクシーを拾い、乗り込んだ。
タクシーに乗り込んだ健児は、優子の実家にタクシーを向かわせ、その間優子の状態を注視していた。
優子は「大丈夫」と健児に声をかけたが再び苦痛に耐え始めていた。
それを見かねた運転手が博多駅にある「三信病院に向かいますか」と気を使ってくれたので、「家に発作の薬を忘れたのでそれを飲めば大丈夫」と、その場で取り繕うように嘘をついた。
タクシーが実家に向かう途中、苦しみながらも優子は、「これは瘴気に当てられたの・・・」と、たどたどしく説明をした。
健児に瘴気というものが正確には何なのか分からなかったが、おそらく霊的な何かだろうと察しはついた。
そして優子は「今から祝詞を唱えるから着いたら教えて」と健児に頼んで、乗り込んだ時の姿勢で健児にもたれかかったまま、かすれた声で祝詞を唱え始めた。
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