欲情

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六条雅彦は、黒のビニール袋に釘付けになった。 薄っすらと舞う蒸気はまるで亡霊が舞い上がるかのようだった。 慎重に、それでいて興奮を抑えきれない様子で、その不気味な塊を今度は、まな板の上に置いた。 そして彼は、ビニールが氷に張り付いているため、慎重に四角形に刻み始める。 ナイフが氷を削る音が部屋中に響き渡り、その音は彼の心をさらに高揚させた。 ナイフが氷に触れた瞬間、鋭い音が部屋中に響き渡った。 金属と氷が擦れ合う音は、まるで絶え間なく続く悲鳴のようだった。 その音は冷たく、鋭く、耳の奥に刺さり込むように響いた。 「ギリギリ…ギリギリ…」と、ナイフが氷の硬い表面を切り裂き低く唸るような音が響き渡る。 その音は、彼の狂気を象徴するかのように、部屋の中に不安と恐怖を引き起こした。 粗方、表面を削り取ると、今度は「ザク、ザク」と氷が削られる音は、まるで生きた肉を切り裂く音のように生々しく、冷たさと痛みを感じさせる。 その音は、彼の手元から生まれる命の断片であり、彼の狂気が形となって現れる瞬間だった。 だがそれはただの氷の塊ではなかった。 その中に閉じ込められていたのは、人間の頭部だった。 目は虚ろで、まるでこの世のものではないかのように感じられた。 氷の中のあったの、殺害しバラバラに解体した、浦田愛子の頭部であった。 彼女の目は虚ろで、まるでこの世のものではないかのように感じられた。 彼は氷の形を整えることに没頭し、まるで子どもが遊びに夢中になるかのように作業を続けた。 ナイフが氷を刻む音、滴り落ちる水滴、そしてかすかに立ち上る蒸気。 それら全てが彼の心に快感をもたらし、作業を一層楽しませた。 時折、彼は手を止めてジャックダニエルを口に含む。 その瞬間、彼は体内に熱い液体の流れを感じると同時に欲情も感じていた。 しかし、すぐにまた作業に戻り、今度は「月光」を口ずさむ。 その旋律は部屋中に響き渡り、まるで彼の狂気をさらに引き立てるかのようだった。 六条雅彦は完璧主義者だった。 彼の目には一切の妥協が許されなかった。 氷の形が少しでも理想から外れれば、すぐに修正を加えた。 その姿はまるで狂気に取り憑かれた芸術家のようだった。 彼の奇行は誰にも理解されることはなかった。 しかし、彼にとってそれは至極当然のことだった。 彼の心の中には、完璧な作品を作り上げるという強い意志が宿っていた。 そのために、彼はどんな手段も惜しまなかった。 そしてこれは六条雅彦の歪んだ愛情表現であった。 最後に、氷の形が彼の理想通りに整った瞬間、彼は満足げに微笑んだ。 その笑みは、まるで悪魔のように不気味で、狂気に満ちていた。 彼は生と死、冷たさと美しさの境界に異常なほどの魅力を感じていた。 凍った人間の頭部に見出した異様な美しさは、彼にとって究極の芸術作品だった。 彼の頭の中では、狂気と美が一体となり、その境界が曖昧になっていた。 それが終わると急に部屋の明かりが明滅(めいめつ)し始めた。 六条雅彦が天井の明かりに目線をやると明滅(めいめつ)はおさまったが、次の瞬間完全に明かりが消えた。 暗闇の部屋で、彼はニヤリと笑うと、キッチンを離れ、リビングのカーテンを開けた。 この現象が普通ではないと彼は分かっていたのだ。 そしてそれを受け入れ、喜んでいた。 その顔は、笑い声をあげることなく、まるで暗闇の中から這い出てきた怪物のように、恐怖を煽るように見えた。 六条雅彦の口元は、静かに、しかし確実に歪んでいく。 口角がゆっくりと上がり始め、その動きは不気味なほどにゆっくりで、まるで時間が止まったかのようだった。 内側から湧き出る邪悪な力が、彼の顔を支配して、頬の筋肉が引きつり、目尻に深い(しわ)が刻まれる。 彼の顔は、まるで仮面が剥がれ落ちていくかのように、本性を露わにしていった。
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