功を焦りし者

1/2
前へ
/62ページ
次へ

功を焦りし者

日本全国の宗教関係者と一部の霊能力者に六条雅彦の情報が流れた。 情報元は神道系の池上家からのものだった。 宗派を越えて日本三大霊場や鹿児島県の奄美群島と沖縄県の祭祀(さいし)にも伝わっていた。 祭祀(さいし)とは住民の生活に深く関わり、信仰対象とされた「ノロ」と「ユタ」がいたからだ。 「ノロ」は、奄美を15世紀半ばから150年ほど支配した琉球王国が置いた女性神職を示す。 「ユタ」は霊的な能力を持ち、悩みごとの相談を受けるなど身近な存在でもあり、霊的な問題解決も行っていた。 元々沖縄は琉球神道であり、古琉球および琉球王国を中心に信仰されてきた多神教宗教である。 ノロが世襲型、ユタが原始的な召命型のシャマニズムであること、御嶽(うたとき)は古代集落が原型と考えられ御嶽(うたとき)信仰は祖霊崇拝が変化したものと考えられていた。 また御嶽(うたとき)とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、斎場御嶽(せーふぁうたき)琉球開闢(りゅうきゅうかいびゃく)伝説にもあらわれる、琉球王国最高の聖地でもある。 他にも「セジ」と呼ばれる霊力を表す言葉も存在し、セジが剣に宿れば聖剣とされる。 また、ヲナリ神とは沖縄本島の女性一般は全て巫女的ないし神的素質を生得的・本有的に持つものと信じられていることから生まれている。 「ヲナリ」とは沖縄方言で姉妹(ウナイ)を意味し、同胞の姉妹は、その兄弟(ヰキガ)の守護神であると信じられている。 また、東北地方のイタコ、オガミサマ、ミコサマ、オナカマにも話は届いていた。 それ以外の仏教や陰陽道、霊山で修行する、修験道にも話は伝わっていた。 ただ、それと同時に今回は普通の祓い、あるいは封印、祟りを収めると言ったものでは無いことも伝えられていた。 そのため各宗派はでは、意見が割れていた。 それでも今回の件でいち早く動いたのは、沖縄のユタ達と、密教、修験道者達であった。 ユタは神道と結びつきが強く、琉球における神とは「人間に善をもたらすセジの顕現者」と言う観念があるため、是も否も無く60歳を超える者の中から数名を送り出す事を決めた。 密教は昔、優子が修行に行った際、世話になった縁から優子の霊的な能力は知られていて、その優子ですら敵わぬのならばと、一も二もなく動き出した。 そして同時期に修験道の本山にも、電話のベルが鳴り響いた。 それは池上博から直接の依頼であった。 内容は、普通の祓いでは到底祓いきれない悪霊の浄化と封印。 そして池上優子本人が、穢れによって、危機的な状況に落ちたことも伝えられた。 依頼は沖縄のユタ、東北地方の霊媒師、密教、神道の合同で行うというもので、驚くほど緊迫感が漂っていた。 修験道の長老たちは、日本古来の山岳信仰に密教や陰陽道が混じった信仰体系を持つ自分たちならば、この困難な依頼に応えられると判断し、即座に準備を始めた。 修験道は、神道、仏教、密教の要素に加え、シャーマニズムを含む民俗信仰と、死者の霊が住む神聖な空間としての山の古代の崇拝を融合する高度に統合された宗教である。 そのため、他の宗教や霊的存在との協力も充分に可能であった。 依頼を受け、修験者たちは、山深くに入り、厳しい修行を積むことで神仏の力を得る準備を始めた。 彼らは聖なる草や岩に宿る神仏のお力を分けてもらい、験力や神通力を身につけることを目指した。 この力は、世界平和や人々の商売繁盛、家内安全、身体健全、五穀豊穣など、ありとあらゆることを祈るために使われるものだが、今回はその力で悪霊を封じる必要があった。 修行は苛酷を極めた。 修験者たちは、自ら苦しい状況の中に身を投じ、自分の中を空っぽにして擬死再生を目論み、神通力を養った。 しかし、その過程で次第に異常な現象が頻発し始めた。 夜になると、森の奥から不気味な囁き声が聞こえ、修験者たちの精神を蝕んでいった。 彼らは幻覚に苛まれ、自分が何者であるかさえ分からなくなることもあった。 ある夜、一人の修験者が突然姿を消した。 彼の後を追って山中を捜索すると、古びた祭壇の前で彼の遺体が発見された。 遺体は奇妙な姿勢で息絶えており、顔には恐怖の表情が浮かんでいた。 そして周囲には穢れが僅かに残っていた。 事態の深刻さを悟った修験者たちは、予定を早め他の宗教の協力者たちと合流し、最終的な儀式に臨むことを余儀なくされた。 なぜならその悪霊はこちらを呪い殺したのであった。 亡くなった修験者はまだ修行の月日が浅く、これから霊力を高めるために、修行に参加していたのだが、下手に霊力があるが故に呪いに取り込まれたのかも知れなかった。 神聖なる霊山で呪い殺されるなど、あろうはずがない。 しかし若き修験者が死んだことは事実であった。 そのため、彼の遺体はすぐに清めの儀式にかけられ、魂が帰るべき場所に帰れる様に、仲間たちは祈り続けた。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加