功を焦りし者

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その事を知らない、自称霊能力者の田中は、六条雅彦にまとわりつく悪霊を払おうと決意する。 彼は己の力量もわきまえず、独りで儀式を行った。 その夜、田中の自宅は冷たい風が吹き荒れ、不気味な影が壁に映る。 彼は祭壇の前で祓いのお教を唱え始めた。 だが、次第に部屋の温度が下がり、暗闇が濃くなっていく。 そして部屋全体に鈴の音が「ちりん、ちりん」と微かになり始めた。 田中がそれに気づくと今度は悪霊が彼の意識に語りかけてきた。 田中は必死にお教を唱え続けるが、悪霊の力は圧倒的だった。 暗黒の手が伸びてきた時、白い蛇が彼の体を締め付け、冷たい息が耳元で囁く。 「お前の力では足りぬ」と。 「お前もこっちに来い」。 「死ね、死ね、死ね、死ね」。 悪霊は幾度となく田中の意識に語りかけていた。 それでも田中は抗い、お教を読み続けた。 その瞬間、手に巻いていた数珠が弾け飛び、田中の体は空中に引き上げられ、彼の絶望の叫びが部屋中に響く。 悪霊の嘲笑い声が頭の中で響き、彼の魂を暗闇へと容赦なく引きずり込み始める。 田中はみっともなく泣き叫び、悪霊に許しを乞うが、悪霊や怨霊、魑魅魍魎は慈悲もなく、彼を地獄の深淵へと引きずり込んだ。 彼は六条雅彦に取り付いている悪霊を見誤っていた。 薄れゆく意識の中でようやくそれに気がついた。 彼は、霊能能力者と名乗っていたが、霊感が少し強いくらいの人間だった。 1度は霊能力者の下で修行をしていたが数ヶ月で辞めた。 祓いに必要な、神具やお教を浅く理解すると、すぐに修行を辞め、聞きかじった知識と独学で霊能力者を名乗り始めたのだ。 彼は金と名声が欲しかった。 彼はこれまで運が良かったのだ。 多少霊が見えるだけで、他に取り柄はなかったが、悪霊と呼ばれる霊に出くわさずに済んでいただけだった。 聞きかじった知識と、お教で何とか出来る霊だけを払ってきただけだったのだ。 それもわずか数体である。 だから彼は勘違いをしていた。 霊とは、この程度あり、金になると。 そんな時、六条雅彦の話を知り合いの仏教徒から聞いてしまった。 もちろんその仏教徒は彼に忠告をした。 「間違っても関わっちゃいかんよ」と。 其の上で、「くれぐれも」と念も押されていた。 だが彼は、これは霊能力者として名を挙げるチャンスと考え、遠隔で霊視を行い、聞きかじった程度の、祓いのお教を読み上げ始めたのだった。 そして後悔した。 彼の体は冷たくなり、瞳は空虚に変わる。 絶望と穢れが彼を覆い尽くし、最後の瞬間まで彼の叫び声が途切れることはなかった。 「ぐぁー」。 彼の喉から絞り出されるような悲鳴が響き渡った。 「ギシギシ」と音がなり、「バキッ」っと骨が折れ、あらぬ方向に曲がった。 彼の体は痙攣し、手足が不自然な角度に曲がっていた。 こうして田中は、己の無力さを思い知りながら、永遠の闇に囚われることとなった。 そして次の日、お昼のテレビニュースが彼を報道した。 「本日の早朝、住人が出勤の際に、同じアパートに住む無職の田中浩一さん宅のドアが開いていたため、不審に思い警察に通報」。 警察の発表によると、「発見された遺体は現在、死因不明の不審死として調査中とのこと。司法解剖の結果、外傷や薬物反応は確認されておらず、事件事故の両面で捜査中途の事です」。 そしてニュースはこれを最後に、田中浩一の事件に触れることはなかった。
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