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「ご丁寧なお心遣いに感謝いたしますわ、崔皇后陛下。あなた様が訪れるこの日をわたくし共は心よりお待ちしておりました。こちらこそよろしくお願いいたします」
猛々しい炎を連想させる真っ赤な襦裙に身を包んだ少女が、その衣裳に負けない赤い唇を持ち上げた。衣裳の色から彼女は夏扇宮の統治を任された夏妃——葉珠珠であることは分かっている。
皇后として後宮を統治する際、最も警戒すべき人物だ。
妃位は同じでも生家の力がものをいうこの箱庭では、最年少である葉夏妃が実権を握っていると聞いている。その証拠に、残ったニ人は何も言わず葉夏妃に従うように一斉に頭を下げた。
「顔をあげて」
紫苑は困ったように小首を傾げた。猫撫で声を使っているという現実に悪寒を覚えながらも「私は」と続ける。
「皇后という立場であれど、新参者ですもの。あなた達とは姉妹のように仲良くしたいわ」
ぞぞぞ、と背筋が寒くなる。
仕方ないと分かっていても、こんな言動とりたくはない。
「それは嬉しゅうございます」
「あなたは葉夏妃ね? 天凱様からお話は聞いているわ」
皇后の立場であっても大衆の面前で天凱の名を呼ぶことは許されていない。それをあえて紫苑が口にしたのは自分の立場を季妃に知らしめるためだ。
——私はあなた達と違って、慶王に望まれて、ここにいるのよ?
天凱の寵を得られない彼女達と違って、紫苑は天凱に望まれて後宮にいるのだ、と言外に伝える。
更に紫苑の後ろには繋ぎで理不尽と名高い慶王もついてくるとなれば、彼女達は迂闊な行動はできない。
英峰が考えた作戦は四方から顰蹙を買いそうな行為だと思うが、これも犯人を炙り出すためだ。紫苑は我慢して、演じる。
「まあ、なんてお話されたのかしら……」
葉夏妃は頬に手を添えて顔を俯かせる。
「まだ年若いのに後宮を取り仕切っている、頼りになる人だと。実際にお会いすると天凱様が言っていたとおりだと思ったわ。私は先程言った通り、未熟者だから後宮のこと教えてくださいね」
「もちろんでございます。わたくしでよろしければ」
紫苑は次に、葉夏妃の隣に佇む女性を見た。黒色の衣裳に身を包む、落ち着いた雰囲気を纏う女性は紫苑の視線を受けて、口元に笑みを浮かべた。
「司馬冬妃は文学に精通する才女。今まで文学に触れたことはなかったのだけれど、後宮にくることになって調べたらとても面白かったの。おすすめがあれば教えてちょうだい」
「はい、ここの蔵書楼には慶国各地から集められた書物がありますので、その中でも選りすぐりのものをご紹介いたします」
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