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足音は房室の前で止まり、ゆっくりと扉が開かれた。燭台の灯りとともに入ってきた二人の人物に紫苑は「え」と間抜けな声をあげた。
二人は鬼家に使える女中だったからだ。隣とはいえ、なぜこんな夜更けに自分の房室を訪れたのか疑問を抱きながらも剣を鞘に仕舞い込む。
「あの、どうかしましたか?」
紫苑の問いかけにふくよかな女中——明鈴が両手を合わせて微笑みながら答えた。
「さあ、こちらへ。準備は整っておりますわ」
準備とはなんだろうか? 紫苑は首を捻る。
「あの、どちらへ……?」
二人は答える代わりに左右から紫苑の両腕を掴んだ。指先の力加減から絶対に逃がさないという意思を感じて紫苑の背に冷や汗が伝う。嫌な予感がした。
「さあさあ、早く行きましょう」
「紫苑様はなにも準備をしなくても大丈夫ですわ」
「ええ、こちらで全て準備しておりますので」
「急がなくては支度が間に合いませんわ」
「あら、もうこんな時間」
明鈴とその娘——花梨は楽しげに話しながら紫苑を引きずっていく。無防備のため足を払い、拘束から逃げ出すという手段もとれたのだがそれをすれば二人は転倒して怪我をしてしまう可能性があるため紫苑は黙って二人に従った。
回廊を歩いている際、何人かの下男下女が恐る恐るこちらの様子を伺っているのを知る。大丈夫という意味を込めて手を振れば蜘蛛の子を散らすようにこの場からいなくなった。
ある程度してから冷静さを取り戻した紫苑は、
(ああ、またか)
と遠い目をする。二人が自分を迎えにきたのは彼女達の主人である英峰の命令だと察したからだ。いつぞやの野盗退治のように賞金目当てか、はたまた気まぐれに狩りにでも付き合わされるのかは分からないが、どうせまたろくでもない事に付き合わされるのだろう。
まあ、今日は予定もないし気分も悪くない。付き合ってやるか、と紫苑は思った。
そうこう思っているうちに二人に連れられ訪れたのは鬼家の浴場。なぜ今から入浴する必要があるのだと紫苑は目を丸くさせる。
「さあ、身を清めましょう」
明鈴の言葉とともに湯気がたちのぼる湯船に投げいれられた。それも服を着たままで。
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