1.慶王との謁見にて

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「一体なにを?!」  紫苑が目を白黒させていると花梨が慣れた手つきで紫苑の寝衣を剥いでいく。瞬きする間に紫苑は一糸纏わぬ姿となり、同性しかいないとはいえ羞恥心から胸元を隠した。 「失礼いたします」  明鈴は紫苑の腕を持ち上げると泡を纏わせた布で丁寧に拭き始めた。 「今日は大切な日ですからね。お綺麗にしなくては」 「大切な日?」 「あら? 英峰様からお聞きではないのですか?」 「ええ、正直、なにが——」  その時、聞き慣れた足音が聞こえ紫苑は言葉を止めた。素早く手元にあった桶を入り口へ思いっきり放り投げる。桶はまっすぐ飛んでいき、にぶつかりばらばらに大破した。 「入ってくるな!!」  紫苑の怒声と、痛みに呻く低い声が浴場に響いた。 「まあ、女人の入浴中に入るものではありませんわ!」  声の正体を知った明鈴は腰に手を当て、怒りで顔を真っ赤にした。 「英峰様! 今すぐ出て行ってくださいませ!!」 「徹夜明けなんだ。そんなに怒るな。脳に響く。紫苑と話しがあるから二人は出て行ってくれ」 「しかし!」 「いいよ。明鈴殿、こいつが私に敵うわけないから」  紫苑が笑いかけると明鈴と花梨は視線を通わせ浴場から出て行った。 「——で? なにか言うことあるでしょ?」  紫苑の問いかけに桶がぶつかったと思われる箇所を押さえながら英峰は身体を起こすとにやりと口角を持ち上げた。紫苑の裸を見たからではなく、この笑みは全てが思いの通りに進んでいることに対しての喜びの笑みだということを長年の付き合いから察し、紫苑は殴りたい気持ちでいっぱいになる。 「ねえ、なんなの一体? どういうこと? なんであなたの家の女中が私を迎えにきて、お風呂に入れているわけ? 今日が大切な日ってなんのこと?」  胸を両手で隠し、湯船に深く浸かりながら紫苑は疑問を一気にぶつけた。非常識で自分の欲を優先させる糞人間であろうと女の湯浴みに突撃するほどの阿呆ではないのは知っている。だから何か意味があって自分を呼んで、ここに来たのだと思ったのだが、 「まず、前提として今日は慶王様との謁見の日だ」  予想を大いに裏切られた。 「……は? 謁見?」  紫苑は我が耳を疑った。まだ十八なのに耳が遠くなったようだ。
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