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慶王には血を分けた兄妹が十一人もいる。その大半が他国に嫁ぎ、また戦で死去しているが末の弟君は存命だ。後宮の親元で暮らしている。
まだ十四歳と幼いが現皇太后の実子であり、聡明な頭脳の持ち主。心優しい少年は罪人にすら救いの手を差し伸べるという。
天凱が慶王に選ばれたのは、弟君が成人するまでの繋ぎである、それが紫苑を含む国民の認識だ。
「その弟君が本当に噂通りならなぁ」
ここで初めて英峰が声を潜め、眉根を寄せた。普段の人を小馬鹿にするような笑みや薄っぺらい作り笑いではない。十八年間、そばにいて初めて見せる真面目な表情に紫苑は「どういうこと?」と問いかけた。
英峰は視線を彷徨わせると俯き、両腕を組んだ。
「紫苑はさ。慶王様が、なんでああなったか知ってるか?」
紫苑は頷いた。
「公主様が行方不明になられたのが切っ掛けで、心を壊されたと聞いた」
清賢公主——兄である天凱が慶王となったので現在の称号は長公主——は去年の暮れに突如、行方知れずとなった。身の回りの世話をする侍女や宮女、衛兵達が気付くこともなく、置き手紙もない。文字通り、煙のように消えた妹を見つけだそうと天凱は寝る間も惜しんで自ら捜索をし続けた。
しかし、手がかりはなにも見つからない。一月に渡る大捜索の末、老臣達の進言もあってか捜索は打ち切られることとなった。
そして、最愛の同母妹の失踪に天凱はおかしくなってしまった。
「とても仲がよかったのでしょう。賢人と言われていたお方が愚王と言われるまで心を壊すなんて……」
その言葉に英峰は「ああ」と言葉をもらし、真面目な表情から一転して、軽薄な笑みを浮かべた。
「だから頑張ってね。紫苑があの性格を叩き直してくれると俺は信じてるよ」
「英峰は、公主様の失踪はその弟君が怪しいと思っているの?」
「知らん」
「知らないって……。じゃあ、なんでああ含みをもった言い方をするのよ」
「はて、なんのことだ?」
「……あのさ、私はあなたのことを自分のためなら人を利用する屑だと思っているよ」
「え、急に辛辣なこと言うなよ」
「けど、その頭と察しの良さは信用している。で? 本当は私になにをして欲しいの? 冗談抜きで、あなたの本心を言ってちょうだい」
紫苑はじっとりとした目つきで睨みつけた。英峰が他にもまだ隠し事をしていると考えたのだ。
「あの性格の矯正と護衛だけしてくれればそれでいい」
胡散臭いことこの上ない。紫苑は訝しむがこれ以上、追求しても時間の無駄だと悟り、大きく息を吐いた。
「……ねえ、それ、私が聞かなければ黙っている予定だったんでしょ?」
「ああ。だって聞かれなければ答える必要ないし」
胸を張って答えられ、紫苑の米神に血管が浮き立った。なぜ実績もない紫翠が慶王の護衛役に採用されたのか不思議だったがこれで辻褄があう。
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