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英峰は慶王の座は弟君ではなく、天凱に座っていて欲しい。
しかし、天凱は今や愚王と称される人物だ。
だからこそ、宮城で権威と発言力がある大将軍の孫であり、無所属の自分が選ばれたのだろう。英峰としては戦神——崔大将軍を護衛にし、天凱の地盤を強固にしたかったようだが若い頃から中立を保ちつつ、仕事に打ち込む祖父は護衛として満足な働きはしても天凱の肩を持つことはない。
ならば、その孫である紫翠を引き込み、籠絡する方が早い。崔大将軍は寡黙で仕事中毒者ではあるが、家族を大切にしていることはみんな知っている。孫が天凱派となれば、彼は中立の立場をやめて、天凱につくはずだ。
長年の付き合いから英峰の考えを読み取った紫苑は降参といいたげに手を挙げた。
「分かった。手伝うよ。けどひとつだけ、女であることをバラすのは避けたい」
「えー、いいじゃん。別にバラしても」
米神に這う血管が脈を打つ。英峰にとって護衛よりも女嫌いの克服が最優先事項のようだ。
「い、や、だ」
「でもさ、仲良くなって実は女の子でした! って言われてさ、慶王様が恋に落ちちゃって妃になってくれっていわれちゃったりして」
くねくねと身体をくねらせるのを横目に紫苑は「私が妃?」と首を傾げた。妃というからには後宮で慶王の寵愛を得るため、着飾り、媚びを売る女性像が浮かび上がる。男女と言われる容貌を持つ自分がひらひらした襦裙に身を包み、慶王に甘えた仕草で媚びへつらう——。
(無理だ)
想像だけで吐きそうになった。
「お妃様になれるわけないよ」
家柄だけで言えば十分、上級妃として侍ることはできるだろうが紫苑は無理だと思っている。後宮に入れば今のように市内を駆け回ったり、馬で気晴らしに遠乗りもいけなくなる。
まあ、それに、閨事が嫌いでも後宮には数多の花が揃っている。目が肥えているであろう慶王が自分を選ぶなど天と地がひっくり返ってもありえない。
「最初に言った通り、私は女であることは隠すからね。けど護衛はしっかりするし、なんでああいう行動をとるのか聞いて少しずつ要因を探ってみるよ」
「まあ、紫苑がいいならそれでいいんじゃない?」
「邪魔しないでよ?」
「邪魔はしないさ」
英峰は爽やかに「絶対に邪魔しないから」と念押しするように言い加えたが前科がある分、信用できない。
本当に邪魔しないでよ、と紫苑は心の中で念じた。
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